第95話:丘の上の家と過去からの訪問者
丘の上の我が家での、新しい日常。それは、まるで、穏やかな川の流れのように、静かで、そして、満ち足りたものだった。
季節は、夏から、秋へと移ろい、木々の葉が、赤や、黄色に、色づき始める。
私は、相談所で、村人たちの、小さな、悩みに、耳を傾け、アレンは、少年団の、子供たちと、落ち葉を、集めて、焼き芋の、準備をする。レオナルドは、秋の、味覚を使った、新しい、スープの、開発に、余念がない。
もう、世界を、救うための、壮大な、冒険はない。
だが、この、ささやかで、温かい、一日、一日の、積み重ねこそが、私たちが、命を賭して、手に入れた、何よりも、尊い、宝物なのだと、感じていた。
そんな、ある、秋晴れの、日の、午後だった。
アイアンロックの、穏やかな、空に、一つの、見慣れない、影が現れた。
それは、私たちの、ホープウィング号よりも、遥かに、大きく、そして、壮麗な、白亜の、大型飛空艇だった。その、船体に、掲げられていたのは、太陽と、三日月が、寄り添う、懐かしい、紋章。
ポート・ソレイユ商人同盟の、船だ。
町が、何事かと、ざわめく中、その、飛空艇は、私たちの家の、隣にある、格納庫へと、静かに、その、巨体を、降ろした。
タラップから、降りてきたのは、セリーナと、オーバン氏、その、二人だった。
「ごきげんよう、イザベラ様。少し、長めの、お茶の、時間に、お邪魔しても、よろしいかしら?」
セリーナが、昔と、変わらぬ、悪戯っぽい、笑みを、浮かべる。
オーバン氏もまた、頑固な、商人の顔ではなく、旧友との、再会を、喜ぶ、好々爺の、顔で、笑っていた。
その夜、私たちの、星の鉄の、食卓は、これまでにないほどの、賑わいを、見せた。
レオナルドが、腕によりをかけて、作った、最高の、料理と、セリーナたちが、土産として、持ってきてくれた、極上の、ワイン。
「まさか、貴殿らが、このような、素朴で、温かい、家に、住まうことになるとはな」
「ええ、本当に。世界を、股にかけた、策略家が、今や、『丘の上の賢者様』とはね」
旧友たちの、軽口に、私たちは、笑い合った。
彼らが、もたらしてくれたのは、懐かしい、再会だけではなかった。
素晴らしい、報せだった。
私たちが、繋いだ、絆の、おかげで、ポート・ソレイユは、空前の、黄金時代を、迎えていること。
そして、その、流れは、大陸中に、広がり、アルビオン王国、ドワーフの国とも、かつてない、規模の、交易と、友好関係を、結ぶ、条約が、進んでいること。
私たちが、去った後も、世界は、確かに、良い方向へと、変わり続けていたのだ。
「その、アルビオンとの、交易路の、責任者を、任せているのが、実に、優秀な、青年でしてね」
セリーナが、そう、言った、時だった。
家の、扉が、ノックされ、一人の、青年が、ひょっこりと、顔を、出した。
かつての、情報屋、フィンだ。
「やあ、皆さん。楽しそうな、宴を、しているのに、俺を、呼ばないなんて、水臭いじゃないか」
彼は、すっかり、精悍な、大人の、顔つきになり、今や、商人同盟の、若き、幹部として、その、才能を、開花させていた。
かつての、仲間たちが、一人、また一人と、この、丘の上の、我が家に、集まってくる。
その夜、私たちは、夜が、更けるまで、語り明かした。
それぞれの、場所で、それぞれの、戦いを、続けてきた、仲間たちの、物語。
かつて、私の、策略は、彼らのような、人間を、互いに、争わせるための、道具だった。
だが、今は、違う。
私の、旅が、彼らを、一つの、食卓に、集わせ、友情の、輪を、生み出した。
これこそが、私の、本当の、勝利なのだと、心の底から、思った。
翌朝。
セリーナたちが、帰路へと、着く。
「イザベラ様。世界は、あなた方のおかげで、協調と、探検の、新しい、時代を、迎えようとしています。もし、また、新しい、冒険の、風に、吹かれたくなった時は、いつでも、お声がけを。商人同盟の、全ての、力が、あなたの、翼となりましょう」
セリーナの、その、言葉を、胸に、私たちは、壮麗な、飛空艇が、空の、彼方へと、消えていくのを、見送った。
私たちの、英雄としての、旅は、終わったのかもしれない。
だが、私たちの、存在は、これからも、この、新しい、世界の、未来を、静かに、照らし続けていくのだろう。
この、丘の上の、我が家が、新しい、時代の、友情の、交差点となって。
私は、その、事実を、ただ、誇らしく、そして、幸福に、感じていた。




