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第93話:ただいま、丘の上の我が家へ

空を夢見た少年との、心温まる出会いを最後に、私たちの、一年間にわたる、長いようで、短い旅は、終わりを告げた。

ホープウィング号の船首は、今、まっすぐに、ただ一つの場所を、目指している。

約束の地、アイアンロックへ。


雲を抜け、眼下に懐かしい山脈が見えてきた時、私たちは、息を呑んだ。

谷間に広がるアイアンロックの町は、この一年で、さらに活気を増しているようだった。

そして、その町を、優しく見守るかのように、あの丘の上に。

一軒の、美しい家が、静かに、私たちを、待っていた。


私たちの、家だ。


今回は、町の広場ではない。ゲルドさんとの、事前の、取り決め通り、私たちは、家のすぐ傍、丘の斜面をくり抜いて作られた、新しい、飛空艇専用の、格納庫へと、ホープウィング号を、着陸させた。

タラップを降りた、私たちを、出迎えてくれたのは、ゲルドさん、ただ一人だった。

彼は、その、皺だらけの顔を、くしゃくしゃにして、最高の、笑顔で、言った。


「おかえり、お前さんたち」


その、不器用で、しかし、心の底から、温かい、一言。

私たちは、「ただいま」と、返すのが、精一杯だった。


ゲルドさんは、私たちに、一本の、重厚な、鉄の鍵を、手渡してくれた。あの、伝説の鍛冶師、ボリンが、この日のために、特別に、打ってくれたものだという。

私たちは、丘の上の、我が家へと続く、緩やかな、石畳の道を、一歩、一歩、踏みしめるように、登った。

家は、ドワーフの、頑強な、石造りの、技術と、人間の、優美な、木工の、技術が、完璧に、融合した、美しい、建物だった。


私の、震える手で、鍵を、差し込む。その手に、アレンの、大きな手が、そっと、重ねられた。

私たちは、一緒に、その扉を、開いた。

家の中は、真新しい、木の香りと、そして、温かい、光に、満ちていた。

まだ、何もない。がらんとした、しかし、無限の、可能性に、満ちた、私たちの、未来そのもののような、空間。


その日から、私たちの、新しい、生活が、始まった。

私たちは、一年間の、旅で、集めてきた、世界に、一つだけの、「宝物」を、一つ、また一つと、この、家の中へと、運び込んでいく。


マスター・ヴァレンが、作ってくれた、三脚の、完璧な椅子を、大きな、暖炉の、前に。

星屑の織り手、ライラが、私たちの、物語を、織り込んでくれた、奇跡の、タペストリーを、一番、大きな、壁に。

鍛冶師ボリンが、魂を込めて、打ってくれた、永遠を、誓う、星の鉄の、食卓を、ダイニングの、中央に。

幸運の都で、勝ち取った、ゴブレットを、飾り棚に。海人の都から、贈られた、歌う真珠を、窓辺に。


何もない、ただの、家だった、空間が、私たちの、旅の、記憶と、世界中の、友人たちの、想いで、少しずつ、満たされていく。

それは、何よりも、幸福で、満ち足りた、時間だった。


その夜。

レオナルドが、この家で、初めての、夕食を、腕によりをかけて、作ってくれた。

世界中から、集めてきた、食材を使った、私たちの、旅の、物語そのもののような、最高の、ディナー。


私たちは、壊れることのない、食卓で、雲のように、心地よい、椅子に、座り、壁に、飾られた、自分たちの、物語を、眺め、そして、海の、歌を、聴きながら、食事をした。

それは、王侯貴族でさえ、決して、味わうことのできない、世界で、一番、贅沢な、食卓だった。


夜が、更け、私は、自分の部屋の、バルコニーから、眼下に、広がる、アイアンロックの、温かい、灯りを、見下ろしていた。

隣には、いつの間にか、アレンが、立っている。


「……やっと、帰ってきたな」


彼の、心の底から、幸せそうな、呟き。


「ええ」


私は、静かに、頷いた。

そして、町の、灯り、満点の、星空、そして、何よりも、かけがえのない、彼の、横顔を、見つめ、言った。


「ただいま、我が家へ」


もう、走る、必要はない。

戦う、必要もない。

悪役令嬢の、長い、長い、物語は、ここで、終わりを、告げた。

そして、ここから、始まるのだ。

ただの、イザベラと、アレンの、どこまでも、続く、穏やかで、幸福な、物語が。

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