第92話:空を夢見た少年と未来の翼
幸運の都フォーチュナを後にし、私たちの、一年間にわたる、気ままな旅も、いよいよ、最終盤へと、差し掛かっていた。
アイアンロックの、創立祭まで、あと、二ヶ月。
船室には、世界中から、集めた、最高の、家具たちが、私たちの、帰りを、待っている。
ホープウィング号の、船内は、幸福な、期待感と、旅の、終わりの、一抹の、寂しさに、満ちていた。
アイアンロックへの、帰路。私たちが、岩だらけの、険しい、渓谷地帯の、上空を、飛んでいた時だった。
私は、地上に、一つの、狼煙が、上がっているのを、発見した。
それは、救難信号ではない。かつて、古代の、飛行士たちが、仲間との、挨拶のために、用いていたという、特殊な、信号パターンだった。
「……面白いですわね。この時代に、あの、合図を、知る者が、いるなんて」
好奇心に、駆られ、私たちは、その、狼煙が、上がる、場所へと、ホープウィング号を、降下させた。
そこに、あったのは、崖の、中腹を、くり抜いて、作られた、一つの、粗末な、しかし、工夫に、満ちた、工房だった。
そして、その、工房の、主は、まだ、十五歳にも、満たないであろう、一人の、少年だった。
少年、レオは、私たちと、そして、何よりも、天から、舞い降りてきた、ホープウィング号の、姿を、見て、まるで、夢でも、見ているかのように、その場に、立ち尽くしていた。
彼の、工房には、空を、飛ぶための、機械の、設計図や、失敗作の、模型が、所狭しと、並べられている。
彼は、たった一人で、独学で、空を、飛ぶという、壮大な、夢を、追い続けていたのだ。そして、いつか、空の、仲間と、出会えることを、信じて、毎日、この場所で、挨拶の、狼煙を、上げ続けていたのだという。
私たちは、彼の、その、ひたむきな、夢に、心を、打たれた。
アレンは、船の、エンジンを、見せてやり、レオナルドは、魔法の、仕組みを、優しく、教える。
そして私は、彼の、描いた、設計図を、見せてもらった。
それは、未熟で、荒削りだった。だが、その、発想は、天才の、それだった。
「……惜しいですわね。ほんの、少しだけ、核となる、部品と、知識が、足りないだけ」
私は、彼に、ただ、答えを、教えることは、しなかった。
その代わり、彼と、膝を、突き合わせ、議論を、始めた。
「ここの、重量配分を、見直してみては、どうかしら?」
「動力の、伝達効率を、上げるには、この、魔術回路が、使えるかもしれませんわね」
私は、彼が、自らの、力で、答えに、たどり着けるよう、その、道筋を、照らす、光となった。
私たちは、数日間、その、工房に、滞在した。
そして、私たちの、旅の、中で、集めてきた、古代文明の、予備の、パーツの中から、いくつかの、部品を、彼に、贈った。
安定した、エネルギー伝導体。小型の、反重力プレート。
それは、彼が、決して、一人では、作ることのできなかった、夢の、欠片。
私たちは、その、古代の、遺産を、彼の、新しい、発想と、融合させ、一つの、奇跡を、作り上げる、手伝いをした。
そして、運命の日。
レオの、工房の前に、一機の、一人乗りの、小さな、飛空艇が、その姿を現した。
彼の、夢の、結晶だ。
レオは、震える手で、操縦桿を、握り、エンジンを、始動させる。
機体は、一度、大きく、揺れ、だが、次の瞬間、ふわり、と、大地を、離れた。
そして、彼の、夢は、ついに、現実となり、故郷の、渓谷の、大空へと、舞い上がった。
「やった……! 飛んだ……! 飛べたぞー!」
空の上で、歓喜の、声を、上げる、少年の、姿。
私たちは、ホープウィング号で、しばらく、彼と、編隊飛行を、楽しんだ。
壮麗な、古代の、船と、生まれたばかりの、小さな、翼。
二つの、飛行艇が、夕日に、染まる空を、共に、飛ぶ、その光景は、あまりに、美しかった。
私たちは、彼に、別れを、告げた。
レオは、もはや、孤独な、夢想家ではない。一人の、飛行士だ。彼は、いつか、必ず、アイアンロックの、私たちの家を、訪ねると、力強く、約束してくれた。
この、立ち寄り先で、私たちは、家のための、家具は、手に入れなかった。
だが、それ以上に、尊い、何かを、手に入れた。
一つの、夢が、叶う、その瞬間に、立ち会い、そして、未来への、希望の、種を、この、地に、蒔くことが、できたのだから。
私たちの、一年にわたる、放浪の旅は、終わった。
最後の目的地、アイアンロックは、もう、すぐそこだ。
私は、ホープウィング号の、舵を、懐かしい、故郷へと、向けた。
心は、深い、深い、満足感に、満たされていた。




