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第86話:記憶の織物と旅立ちの時

それから、数週間。

私たちは、星降りの谷に、滞在した。

その日々は、まるで、穏やかな、夢物語のようだった。


私は、老婆ライラの、傍らに座り、彼女が持つ、全ての、知識と、技術を、一冊の、書物へと、まとめ上げていった。それは、単なる、技術書ではない。この谷の、歴史、文化、そして、星への、祈り。その、全てが、詰まった、一冊の、叙事詩だった。

村の、子供たちは、最初は、遠巻きに、見ていただけだったが、やがて、一人、また一人と、私の、周りに、集まり、その、瞳を、輝かせながら、自らの、故郷の、物語に、耳を、傾けるようになった。


アレンは、すっかり、村の、若者たちの、兄貴分だった。彼は、織り機の、修理や、材料の、運搬といった、力仕事で、皆を、助けながら、夜になれば、焚き火を、囲み、これまでの、冒険の、物語を、面白おかしく、語って聞かせた。彼の、物語は、若者たちに、外の、世界への、憧れと、自分たちの、村への、誇りを、同時に、与えてくれた。


レオナルドは、この谷の、精神的な、支柱となっていた。彼は、美しい、谷の、自然の中で、子供たちと、歌を、歌い、長老たちと、古い、伝承について、語り合った。彼の、存在は、近代化の、波の中で、人々が、忘れかけていた、自然への、感謝と、コミュニティの、温かさを、思い出させてくれた。


そして、私たちの、滞在の、最後の日。

ライラは、約束通り、私たちのための、一枚の、タペストリーを、完成させて、くれた。

その、織物を、目にした時、私たちは、言葉を、失った。


それは、ただの、美しい、壁掛けではなかった。

星屑の糸で、織り上げられていたのは、私たちの、旅の、記憶、そのものだったのだ。

断頭台から、私を、救い出した、アレンの、勇姿。

アイアンロックの、温かい、灯り。

ポート・ソレイユの、二つの、商会の、紋章。

歌う山脈で、光となって、消えていく、天空竜。

陽の落ちない街、エセルバーグを、照らす、太陽。

その、全てが、まるで、生きているかのように、淡い、星の、光を、放ちながら、そこに、描かれていた。


「すげえ……。これ、俺たちの、物語だ……」


アレンが、感動に、声を、震わせる。


「星屑で、織り上げるに、ふさわしい、物語だからね」


ライラは、皺だらけの、顔で、優しく、微笑んだ。


「持ってお行き。そして、あんたたちが、世界に、灯した、光を、決して、忘れないでおくれ」


私たちの、旅立ちの日は、涙ではなく、笑顔に、満ちていた。

村の、若者たちは、今や、目を、輝かせながら、ライラの、元で、織りの、修行に、励んでいる。

かつて、私を、覗き込んでいた、少女、エララは、いつか、必ず、一人前の、織り手になって、アイアンロックの、私たちの家に、この、タペストリーを、見に行く、と、約束してくれた。

一つの、美しい、伝統は、確かに、未来へと、受け継がれたのだ。


ホープウィング号に、三脚の、椅子と、一枚の、奇跡の、織物を、積み込み、私たちは、再び、大空へと、舞い上がった。

アイアンロックの、祭りは、まだ、数ヶ月、先。

私たちの、家財探しの、旅には、まだ、時間が、残されている。


「さて、次は、頑丈な、食卓が、必要ですわね」


私は、地図を、広げながら、言った。


「火の国の、ドワーフたちが、住む、火山の、麓に、決して、壊れることのない、黒鉄の、テーブルを、作る、伝説の、鍛冶師が、いるそうですわよ」


アレンの、目が、キラリと、光る。

私たちの、幸福な、未来を、作り上げる、旅は、まだ、まだ、始まった、ばかりだ。

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