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第84話:職人と沈黙の森

私たちの、新しい、そして、気の置けない、旅が、始まった。

アイアンロックの、温かい、人々との、再会を、胸に、私たちは、ホープウィング号の、船首を、南へと、向けた。

目的は、私たちの、新しい、家を、彩る、最初の、家具。

『雲の上に、座るかのようだ』と、噂される、伝説の、職人が、作る、究極の、椅子を、手に入れるためだ。


数週間の、穏やかな、飛行の後、私たちは、その、街、「シルヴァ」へと、たどり着いた。

街全体が、まるで、芸術品のように、美しい、木彫りの、装飾で、彩られ、空気には、心地よい、木の香りが、満ちている。職人たちの、街。


私たちは、早速、伝説の、職人、「マスター・ヴァレン」の、評判を、聞いて回った。

だが、返ってくる、答えは、芳しいものではなかった。

ヴァレンは、街の外れにある、「囁きの森」に、一人、引きこもっており、もう、何年も、誰からの、注文も、受けていないのだという。


私たちは、諦めず、その、森へと、向かった。

そこは、古く、美しい、森だった。だが、奇妙なほど、静かだった。鳥の声も、獣の、気配も、ない。ただ、風が、木の葉を、揺らす、囁きだけが、聞こえる。

森の、奥深く、私たちは、まるで、森そのものから、生えてきたかのような、美しい、木造りの、工房を、見つけた。

工房の前で、一人の、老人が、黙々と、木を、彫っていた。節くれだった、その手は、まるで、古い、木の根のようだった。彼が、マスター・ヴァレンに、違いなかった。


「……何の用だ。わしは、もう、隠居した身だ。今は、人のためではなく、この、森のために、木を、彫っておる。さっさと、帰れ」


彼は、私たちを、一瞥しただけで、無愛想に、そう、言い放った。

アレンが、力を見せようとしても、レオナルドが、慈悲に、訴えようとしても、老人の、頑なな、態度は、変わらない。

私は、これが、一種の、試験なのだと、直感した。


「マスター・ヴァレン」


私は、椅子の、依頼ではなく、別の、問いを、彼に、投げかけた。


「なぜ、この、美しい森は、これほどまでに、静かなのですか?」


私の、問いに、老人は、初めて、その、手を、止め、驚いたように、私を、見た。

彼は、ぽつり、ぽつりと、語り始めた。

この、森の、「魂」が、日に日に、弱っているのだと。木々は、生きているが、その、「声」を、失いかけている。彼は、木を、彫ることで、その、失われた、声に、新しい、形を、与え、森の、魂を、繋ぎ止めようとしているのだと。


私は、彼の、話を聞きながら、森の、木々を、観察した。そして、すぐに、原因に、思い至った。

森の、生態系の、バランスが、崩れているのだ。一本の、外来種の、蔦が、異常なまでに、繁殖し、古くからの、大樹たちを、締め付け、窒息させようとしている。


「マスター・ヴァレン。この森に必要なのは、彫刻家では、ありません。――庭師ですわ」


私は、そう、提案した。

それから、数日間。私たちは、ヴァレンの、工房に、泊まり込み、森の、再生を、手伝った。

アレンは、その、怪力で、大樹を、傷つけぬよう、慎重に、しかし、力強く、有害な、蔦を、根こそぎ、引き抜いていく。

レオナルドは、その、慈愛の、魔法で、蔦によって、傷つけられた、木々の、幹を、優しく、癒していく。

そして私は、その、知識で、森の、生態系を、守るための、計画を、立てた。


私たちの、懸命な、作業の末、森は、ゆっくりと、しかし、確実に、その、息吹を、取り戻し始めた。

数日後、森で、数年ぶりに、一羽の、小鳥が、さえずった。

その、小さな、歌声を聞いた時、マスター・ヴァレンの、皺だらけの、顔から、一筋の、涙が、こぼれ落ちた。


「……あんたたちは、わしの、森に、声を、返してくれた」


彼は、私たちを、工房の、中へと、招き入れた。

そして、そこに、置かれていた、三脚の、椅子を、指し示した。

一つは、アレンのように、大きく、頑丈な、椅子。

一つは、私のように、優美で、洗練された、椅子。

一つは、レオナルドのように、シンプルだが、完璧な、均衡を、保った、椅子。


「家というものは、そこに、住む、人間に、合った、椅子が、必要なものだ。これは、わしが、自分と、森との、対話のために、彫った、最高傑作だ。……持っていくがいい。わしからの、礼だ」


私たちは、その、温かい、贈り物を、ありがたく、受け取った。

ホープウィング号に、三脚の、完璧な、椅子を、積み込み、私たちは、森を、後にする。

飛び立った、私たちの、耳に、届いたのは、囁きだけではない。

森全体が、奏でる、穏やかで、優しい、感謝の、歌声だった。

私たちの、家作りの、旅。その、最初の、一ページは、沈黙の森に、再び、歌声を、取り戻させる、物語となった。

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