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第76話:羅針盤のない旅

アルビオン王国の、澄み渡る青空。

その、どこまでも高く、自由な空に、私たちのホープウィング号は、舞い上がった。

船内には、これまでの旅には、決してなかった、穏やかで、そして、少しだけ、気の抜けたような、平和な空気が、流れていた。


「いっくぜー!」


アレンが、私が、教えた、基本的な操縦術を、駆使して、楽しそうに、操縦桿を、握っている。船は、彼の、心の動きを、映すかのように、雲の間を、すり抜け、時には、急上昇し、時には、大きく、旋回する。

厨房からは、レオナルドの、ご機嫌な、鼻歌と、何やら、香ばしい、匂いが、漂ってくる。彼は、王都で、仕入れた、最高級の、食材を使い、私たちの、新しい、船出を祝う、豪勢な、朝食を、準備しているらしかった。


そして、私は。

船の、一番、前で、大きな、世界の、地図を、広げていた。だが、私の目は、地図の、どこか、一点を、見つめているわけではない。ただ、目の前を、流れていく、白い、雲の、形を、ぼんやりと、眺めていた。

もう、策略を、練る、必要はない。

追いかけてくる、敵もいない。

守らなければならない、国も、もう、ない。

私の人生で、初めて、訪れた、完全な、空白の時間。


「さて、と」


レオナルドが、腕によりをかけた、朝食を、テーブルに、並べ終えると、わくわくした、顔で、私に、尋ねた。


「イザベラ様。我らの、記念すべき、第一回の、気ままな旅。その、目的地は、どちらに、いたしますかな? 南の、香辛料諸島か、あるいは、北の、氷龍の住まう、極寒の地か……。どちらも、未知なる、美食の、宝庫に違いありませぬぞ!」


アレンも、目を、キラキラと、輝かせている。

「北、いいな! 俺、雪合戦とか、してみたいぜ!」


私は、地図を、見下ろした。

そこには、私たちが、駆け抜けてきた、国々の、名前。そして、まだ、見ぬ、数多の、国々の、名前。

だが、私の、指は、その、どの、名前でもなく。

地図の、西の、果て。これ以上は、何も、描かれていない、広大な、「未知の大陸」とだけ、記された、その、空白の、一点を、指し示していた。


「――ここへ、行ってみませんこと?」


私の、提案に、アレンと、レオナルドは、顔を、見合わせた。

そして、次の瞬間、二人は、同時に、最高の、笑顔で、頷いた。

「面白そうだ!」

「最高ですな!」


私たちの、新しい旅は、決まった。

目的地は、ない。ただ、地図の、その先へ。

未知の、世界そのものを、楽しむ、旅。


その、旅の、途中。

私たちは、名前もない、小さな、無人島に、降り立った。白い、砂浜で、アレンが、巨大な、魚を、釣り上げ、レオナルドが、それを、完璧な、塩焼きに、仕上げる。

私たちは、太陽の下で、笑い合い、生まれて初めて、ただの、休暇というものを、楽しんだ。


また、ある時は。

空に、浮かぶ、巨大な、クジラ、「天空鯨」の、群れと、遭遇した。私たちは、ホープウィング号の、速度を、落とし、何時間も、彼らと、共に、空を、泳いだ。


そして、私たちは、見つけた。

世界の、どこにも、記されていない、天空に、浮かぶ、小さな、集落を。

そこに住む、人々は、水源が、枯れかけており、厳しい、生活を、強いられていた。


かつての、私たちなら、これを、「問題」と、捉えただろう。

だが、今の、私たちは、違った。

ただ、目の前に、困っている、人々が、いる。ならば、助ける。

そこに、策略も、計算も、ない。


アレンが、その力で、水源を、塞いでいた、巨大な、岩を、取り除いた。

レオナルドが、その、聖なる力で、枯れた、泉を、浄化した。

私が、その知識で、より、効率的な、灌漑の、仕組みを、村人たちに、教えた。

私たちは、見返りを、求めず、ただ、数日、彼らと、共に、過ごし、食事を、共にし、そして、笑顔で、別れた。


その時、私は、悟ったのだ。

私たちの、新しい、役目。

それは、もう、「英雄」として、「世界を救う」ことではない。

ただの、「旅人」として。

この、私たちが、愛した、世界を、見て、回り、そして、ほんの少しだけ、昨日より、良い場所に、していくこと。

それこそが、私たちの、新しい、生き方なのだと。


ホープウィング号が、再び、未知の空へと、舞い上がる。

アレンが、操縦桿を握り、レオナルドが、甲板の、ハンモックで、昼寝をしている。

私は、船の、先頭に立ち、どこまでも、続く、水平線を、見つめていた。

私の、旅は、終わらない。

だが、それは、もう、どこかを、目指す、旅ではない。

この、旅、そのものが、私たちの、目的地なのだから。

私は、心の底から、幸福だった。

私の、居場所は、玉座の上でも、どこでもない。

この、空の上。

二人の、かけがえのない、仲間たちの、その、間にこそ、あるのだと、確信していた。

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