第71話:囁きは、やがて大河となりて
私たちの、静かな戦争は、その効果を、着実に、現し始めていた。
アレンとレオナルドの旅は、もはや、ただの辺境の噂話ではなかった。彼らが、呪われた大地を巡り、人々を癒すその軌跡は、一つの、大きな、希望のうねりとなっていた。
「西の聖者様が、お通りになるぞ!」
「黄金の守護神様も、ご一緒だ!」
彼らが、次の村へと、到着する頃には、その噂を聞きつけた、近隣の村々から、何百という人々が、救いを求めて、集まってくるようになっていた。
その光景は、あまりに、対照的だった。
王都では、王太子が、効果のない儀式のために、民から、なけなしの金さえも、税として、搾り取っている。
だが、この西の聖者は、見返りを、一切、求めない。それどころか、自らの食料を、分け与え、その守護者は、屈強な腕で、人々の、生活を、助けている。
どちらが、本物の聖者であるか。
民の心は、もはや、疑いようもなく、一つの答えを、導き出していた。
「首都の聖女様は、貴族様のことしか、見ておられない」
「西の聖者様こそ、我ら、民の、味方だ」
囁きは、やがて、大河となり、王太子の、権力の、土台を、ゆっくりと、しかし、確実に、洗い流していく。
王都もまた、内側から、静かに、変わり始めていた。
アーサー殿下は、私が、影から送る、的確な助言を元に、その勢力を、着実に、拡大していた。
彼は、王太子の、圧政に、反感を抱く、貴族たちを、束ねる一方で、自らの私財を、投じて、首都の、貧しい民に、食料を、配給し始めた。
兄の、愚行と、対比させるかのように、彼は、民に寄り添う、賢明な、次期国王としての、名声を、高めていく。
表立っては、決して、兄に、反逆しない。ただ、静かに、「民が、どちらの王子を、望んでいるか」という、既成事実を、作り上げていくのだ。
そして、追い詰められた、王太子と、聖女リリアーナは、ついに、最悪の、そして、私にとっては、最高の、一手を選んだ。
「……リリアーナ! 聞いたか、あの、忌々しい噂を! 西に、偽物の聖者が現れ、民を、惑わしていると!」
「……存じております、殿下」
大聖堂の、私室。リリアーナの衰弱は、もはや、誰の目にも、明らかだった。
「許せん! これも、全て、イザベラの、差し金に違いない! こうなれば、見せつけてやるしかあるまい! お前こそが、唯一、本物の聖女であると!」
王太子は、狂信者のように、叫んだ。
「王都の、中央広場で、『大いなる奇跡』を、執り行うのだ! お前の、偉大なる力を見せつければ、民の、迷いも、晴れよう!」
それは、あまりに、愚かで、そして、危険な、賭け。
だが、もはや、彼女たちには、その選択肢しか、残されていなかった。
その情報は、即座に、アーサー殿下を経由し、私のもとへと、届けられた。
私は、その報せを聞き、静かに、そして、冷たく、微笑んだ。
待っていた。
この、時を。
私は、二通の、手紙を、書いた。
一通は、アーてサー殿下へ。
『舞台は、整えられました。観客の、ご用意を』
そして、もう一通は、西の地で、民衆の、希望の象徴となった、我が仲間たちへ。
『あなた方の、長い、巡礼の旅も、終わりです。最後の目的地は、王都。偽りの聖女が、その、メッキの奇跡を、披露する、その日に、間に合うように』
『民に、見せて差し上げましょう。――本物の奇跡、というものを』
私の、全ての駒が、今、一つの場所へと、向かって、動き出す。
全ての始まりの場所。そして、全ての、終わりの場所。
アルビオン王国の、王都、中央広場。
かつて、私が、断罪された、あの場所で。
悪役令嬢による、最後の、そして、最大の、復讐劇の、幕が、上がろうとしていた。




