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第65話:再訪の港、二人の指導者

アイアンロックの温かい思い出を胸に、私たちのホープウィング号は、再び東の空を駆けた。

数日後、潮の香りが、風に乗って私たちの元へと届き始めた。眼下に広がるのは、どこまでも青い海と、そこに抱かれるようにして存在する、大陸有数の巨大な港町。

ポート・ソレイユ。


空から見下ろすその街は、私たちの記憶にある姿よりも、さらに大きく、そして、輝きを増しているようだった。港には、以前にも増して、世界中のありとあらゆる国の帆船が、まるで色とりどりの花のように、ひしめき合っている。

そして、何よりも目を引いたのは、かつて、二つの商会が睨み合っていた埠頭に、今や、サンストーン商会の「太陽」の紋章と、クレセント商会の「三日月」の紋章が、仲良く並んで、掲げられている光景だった。

あの、街全体を覆っていた、ピリピリとした緊張感は、もう、どこにもない。


私たちは、街の郊外に新設された、飛空艇発着場に、ホープウィング号を静かに着陸させた。アイアンロックとは違い、この国際都市では、私たちの船も、それほど大きな騒ぎにはならない。

あえて、質素な旅人の服に着替え、私たちは、まず、自分たちの目で、この街の変化を確かめてみることにした。


街を歩き、私たちは、驚きを隠せなかった。

道は、隅々まで、清潔に保たれている。かつて、ゴロツキたちの溜まり場だった薄暗い路地は、今や、洒落たカフェや、新しい露店が並ぶ、賑やかな小道へと生まれ変わっていた。衛兵たちの顔つきも、以前のような、惰性で仕事をするそれではなく、市民の安全を守るという、誇りに満ちている。


私たちは、二つの商会が合同で設立したという、「ポート・ソレイユ商人同盟」の本部ビルへと、足を運んだ。かつて、二つの商会が、その覇権を争っていた、まさにその場所に、白亜の美しいビルが、天に向かって、聳え立っている。


受付で、私が「イリス」と名乗ると、若い受付嬢は、一瞬、その意味が分からなかったようだった。だが、隣にいた上司らしき女性が、その名を聞いた途端、顔色を変え、慌てて、奥へと駆け込んでいった。

数分後。

息を切らしながら、現れたのは、セリーナと、オーバン氏、その二人だった。


オーバン氏は、かつての、頑固で、苦虫を噛み潰したような表情ではなく、街の長老としての、穏やかで、思慮深い顔つきになっている。セリーナもまた、常に、何かと戦っているような、尖った雰囲気が消え、自信に満ちた、本物の指導者としての、優雅な気品を、その身にまとっていた。


「……やはり、あなた方でしたか」


セリーナが、心の底から、嬉しそうな、美しい笑みを、浮かべた。


「いつか、必ず、お戻りになると、信じておりましたわ。ようこそ、イリス様、アレン様、レオナルド様。あなた方が、その手で、救ってくださった、この街へ」


その夜、商人同盟のビルで開かれた、ささやかな歓迎の宴の席で、私たちは、この街に起こった、大きな変化について、話を聞いた。

二つの商会が手を取り合ったことで、ポート・ソレイユの経済は、爆発的な成長を遂げたこと。その富を、独占するのではなく、街のインフラ整備や、治安の改善、そして、貧しい人々への支援へと、還元していること。

そして、私たちの物語は、今や、この街の子供たちが、誰もが知っている、一つの伝説となっていること。


宴の後、私は、セリーナとオーバン氏から、一つの相談を受けた。

「我らは、幸いにも、平和と繁栄を、手にすることができた。だが、この先、この街を、どう導いていくべきか。我らには、まだ、その答えが見えていない」


それは、危機を乗り越えるための策略ではなく、未来を築くための、本当の「知恵」を問う、質問だった。

私は、アイアンロックでの、協同組合の成功例を話した。そして、この街の未来について、私なりの考えを、述べた。

商人だけでなく、小さな店の店主も、港で働く労働者も、街を守る衛兵も。この街に住む、全ての人々が、街の運営に参加できるような、仕組みを作ること。

富の象徴である、立派なビルを建てるよりも、未来の礎となる、教育にこそ、投資をすること。


「街の本当の強さは、その富の量ではありません。そこに住む、人々の、幸福の総量ですわ。全ての人に、この街の未来は、自分たちのものであると、感じてもらうこと。それこそが、何者にも壊されない、最強の城壁となるでしょう」


私の言葉を、二人は、食い入るように、聞いていた。

彼らは、私が、ただの策略家ではなく、その先を見る、本当の指導者であると、理解してくれたようだった。


数日後。

ポート・ソレイユからの、旅立ちの朝。

セリーナは、私たちに、一つの、最新式の魔法の望遠鏡を、贈ってくれた。

「これで、あなた方が進む、未来が、どこまでも、明るく見えるように」


その、粋な贈り物を受け取り、私たちが、ホープウィング号に乗り込もうとした、その時だった。

一人の、伝令が、息を切らしながら、私たちのもとへと、駆け込んできた。

彼が、差し出したのは、一通の、手紙。

そこに押されていたのは、私の、全てを奪った、あの故郷――アルビオン王国の、王家の紋章だった。


私が、捨てたはずの過去が。

今、長い時を経て、再び、私の前に、その姿を、現したのだ。

私は、その手紙を、ただ、無言で、見つめていた。

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