第63話:ただいま、始まりの町
ホープウィング号が、アイアンロックの町の上空に差し掛かった時、私たちは、我が目を疑った。
眼下に広がるのは、もはや、私たちの記憶にある、あの錆びついて寂れた鉱山町の姿ではなかったからだ。
町は、以前の倍以上にその規模を広げ、新しい、しかし、温かみのある木造の家々が、整然と立ち並んでいる。中央には、子供たちの声が響く、立派な学校らしき建物まで見えた。かつて、死の気配さえ漂っていた鉱山からは、活気のある槌音がリズミカルに響いてくる。
「すげえ……! 全然、違う町みたいだぜ!」
アレンが、驚きの声を上げる。
私たちの乗る、見慣れない銀翼の飛空艇が、町の広場にゆっくりと着陸すると、町の人々が、何事かと、恐る恐る、しかし、好奇心に満ちた目で、遠巻きに集まってきた。
私たちが、タラップを降り、その姿を現した時、最初は、誰もが、きょとんとしていた。旅を経て、私たちの身なりも、その纏う雰囲気も、かつてこの町を訪れた時とは、変わっていたからだろう。
だが、一人の、腰の曲がった老鉱夫が、私の顔をじっと見つめ、そして、震える声で、叫んだ。
「……ま、まさか……。イリスの……嬢ちゃん、か……?」
その一言が、引き金だった。
「本当だ! あの時の、コンサルタントのお嬢さんだ!」
「隣にいるのは、山の神様、アレックの兄貴じゃねえか!」
「あちらには、腹ペコの聖者様もいらっしゃるぞ!」
次の瞬間、町は、地鳴りのような歓声に、包まれた。
人々が、私たちに向かって、駆け寄ってくる。その目には、涙が浮かんでいた。彼らは、泣きながら、笑いながら、何度も、何度も、私たちの名を呼び、ありがとう、ありがとう、と繰り返した。
それは、私という人間が、生まれて初めて受け取る、純粋で、温かい、感謝の奔流だった。
「おお、おお……! よくぞ、ご無事で……! よくぞ、お戻りくださいました!」
人々の輪をかき分けるようにして、現れたのは、現場監督だった、ゲルドさんだった。彼は今や、この町を治める「アイアンロック鉱山協同組合」の、立派な組合長として、その顔には、深い自信と、指導者としての威厳が、刻まれている。
彼は、アレンの肩を力強く叩き、そして、私の前に、深く、深く、頭を下げた。
「お帰りなさい、英雄様。いや……。ただいま、我らが、恩人よ」
その夜、町を挙げての、盛大な祝宴が開かれた。
アレンとレオナルドは、もちろん、その中心で、山と積まれたご馳走を前に、天国にでもいるかのような顔をしている。
私は、その喧騒から、少しだけ離れ、かつて、初めて、この町の改革の策を練った、丘の上へと、一人、足を運んでいた。
眼下には、温かい光に満ちた、新しいアイアンロックの夜景が、宝石のように、広がっている。
「……こんな景色は、想像もしていませんでしたわ」
私の独り言に、背後から、声がした。
「そりゃ、そうだろうな」
いつの間にか、アレンが、隣に立っていた。
「わたくしの策略は、常に、生き延びるため、有利に立つためのものでした。誰かを、幸せにするためなどでは、決して……。こんな、温かい光を、生み出すなんて」
「それは、違うぜ、イザベラ」
アレンは、まっすぐに、私を見て、言った。
「あんたが、元から、優しい人間だったからだよ。ただ、あんた自身が、そのことに、気づいていなかっただけだ」
その、あまりに、真っ直ぐな言葉。
私は、もう、それを、否定することは、できなかった。
ただ、その言葉が、どうしようもなく、嬉しくて。
私は、そっと、彼の肩に、自分の頭を、もたせかけた。
悪役令嬢として生きてきた、私の心の中の、凍てついていた何かが、この町の、温かい光の中で、完全に、溶けていくのを、感じていた。
私が、本当に、手に入れたかったもの。
それは、権力でも、富でも、名声でもない。
ただ、誰かと、こうして、温かい光を、共に、眺められる、穏やかな幸福だったのかもしれない。
私たちの、新しい旅の、最初の夜は、満点の星空の下で、静かに、そして、どこまでも、温かく、更けていった。




