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第61話:夜明けの名は創世

全てを飲み込むかと思われた、純白の光。

それが、ゆっくりと、ゆっくりと、その勢いを収めていく。

やがて、光が完全に晴れた時、私たちは、変わらず、創世の祭壇の、神聖なホールの中に、立っていた。


だが、そこは、もはや、私たちが知る場所ではなかった。

あれほど満ち満ちていた、魔王の、絶望的な気配が、完全に、消え失せている。壁画は、より一層、穏やかな輝きを放ち、ホール全体が、まるで、生まれたての赤子のように、清らかで、温かい空気に、満たされていた。


「……勝った、のか……?」


アレンが、疲労と、困惑の入り混じった声で、呟いた。

ホールの中央、魔王が立っていた場所には、もう、誰もいない。ただ、静寂があるだけだった。


「分かりませんわ……」


私は、正直に、答えるしかなかった。「知恵のレガリア」の力をもってしても、先ほど起こった、世界の理を覆すかのような現象の、全てを、理解することはできなかったからだ。


「わたくしたちの目的は、破壊ではありませんでした。ですから、おそらくは……。わたくしたちのやり方で、勝利した、ということなのでしょう」


私たちが、その、あまりに静かな結末に、戸惑っている、その時だった。

ホールの中央に鎮座する、巨大な水晶の柱が、再び、柔らかな、温かい光を、放ち始めた。

そして、私たちの魂に、直接、声が、響き渡った。

それは、古代文明の、冷たいシステムの声でも、魔王の、寂しい声でもない。

まるで、生まれたばかりの子供のような、若々しく、清らかで、そして、好奇心に満ちた、新しい声だった。


『――わたしは……だれ……?』


私たちは、息を呑んだ。


『……覚えている……。終わりのない、絶望を……。冷たい、虚無を……』


その声は、続ける。


『でも、今は、覚えている……。温かい、何かを……。勇者の、勇気を。賢者の、知恵を。聖者の、慈愛を……。そして、決して離れることのない、絆、というものを……』


魔王は、滅びなかった。

彼は、私たちの「全て」によって、その「無」を満たされ、作り変えられたのだ。

絶望の化身は、希望の記憶をその核に宿した、全く新しい存在へと、生まれ変わっていた。


これが、私たちの、「第三の答え」。

破壊でも、犠牲でもない。「変革」という名の、救済。


『わたしの役目は、終焉をもたらすことだった。でも、今は……違う、役目を感じる』


生まれ変わった存在は、静かに、宣言した。


『見守ろう。学ぼう。あなたたちが、その手で、掴み取った、この新しい世界の、調和を』


彼は、もはや、魔王ではない。世界の理の、新たな、守護者となったのだ。

創世の祭壇が押し付けようとした、勇者の犠牲という、悲劇の方程式は、私たちの、常識外れの優しさによって、完全に、書き換えられた。


その、新しい世界の誕生を、祝福するかのように、私たちの身につけていた、七つのレガリアが、最後の輝きを放った。

そして、その光は、ゆっくりと、穏やかに、消えていく。

アレンの体を覆っていた、神々しいまでのオーラが、彼の体内に、すっと収まっていく。私の額のサークレットも、レオナルドの胸のブローチも、その奇跡的な力を失い、ただの美しい装飾品へと戻った。

私たちの指で、魂を繋いでいた、調和のリングもまた、ただの、シンプルな金属の輪となった。


私たちは、もはや、世界の理を左右する、概念の化身ではない。

ただの、私たち自身に、戻ったのだ。


「うおっ!」アレンが、驚きの声を上げる。「なんか、すっげえ重い鎧を、脱いだみたいだ! 体が、軽い! 俺、俺に戻った感じだぜ!」


その、どこまでも、彼らしい笑顔を見て、私は、心の底から、安堵した。


『行きなさい』


守護者となった、その声が、最後に、私たちに、告げた。


『あなたたちが、その手で、切り拓いた、未来を。存分に、生きなさい。この世界は、今、本当に、あなたたちの手に、委ねられたのだから』


その言葉と共に、創世の祭壇が、ゆっくりと、天へと、昇っていく。世界の喧騒から離れ、新たな守護者の、静かな玉座となるために。


私たちは、その光景を、ただ、黙って、見上げていた。

そして、ホープウィング号に乗り込み、昇っていく神殿から、離れた。

眼下には、私たちが旅してきた、西の大陸が広がっている。

その、黒く、死んでいたはずの大地の、所々に、奇跡のように、小さな、小さな、緑の芽が、芽吹き始めているのを、私たちは、見た。


大地が、癒されていく。

私たちの、長い、長い旅は、終わったのだ。

世界は、救われた。

残されているのは、ただ、その救われた世界で、生きていくこと。

私たちの、本当の人生が、今、ようやく、始まろうとしていた。

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