第6話:錆びついた鉱山の町
仲間が一人増えたことで、私たちの旅は少しだけ賑やかになった。もっとも、その会話の中心は、アレンとレオナルドによる次の食事の献立について、というのが常だったが。
「やはり肉料理の王道は、牛のステーキでしょう。岩塩と胡椒だけでシンプルに味付けし、表面をカリッと焼き上げるのです」
「いや、レオナルド! 豚肉の角煮も捨てがたいぜ! とろっとろに煮込んだやつを、白い飯の上に乗せてだな……」
「……あなた方、少しは静かになさい」
私の冷たい一言で、二人の食談義がようやく止まる。私たちは今、新たな目的地である鉱山町「アイアンロック」へと向かう街道を歩いていた。ここは、かつて私たちが関所を越えるための嘘に利用した、「鉄の心臓」鉱山を擁する町だ。
活気ある鉱山町ならば、腕の立つ護衛や治癒師の需要は高いはず。つまり、私たちにとって格好の稼ぎ場所になる可能性がある。そう判断したのだ。
しかし、町に到着した私たちは、その目論見が少し甘かったことを思い知らされた。
町の入り口からして、活気というものがまるでない。道行く人々の顔は一様に暗く、肩を落としてとぼとぼと歩いている。建物の多くは古びており、あちこちが傷んだまま放置されていた。かつては隆盛を誇ったであろうことが窺えるだけに、その寂れ具合は一層際立って見えた。
「なんだか、元気のない町だな」
アレンが素直な感想を漏らす。
「ええ。何やら、重い空気が澱んでいますわね」
私たちはひとまず宿を確保し、情報収集のために酒場へと向かった。そこでも雰囲気は同じだった。男たちは黙りこくって安い酒を呷るばかりで、活気のある会話などどこにもない。
「何かあったのかしら、この町は」
私が呟くと、注文を取りに来た店の老主人が、深いため息と共に口を開いた。
「……嬢ちゃんたちは旅人かい。無理もない、知らんのだろう。この町は、もう終わりさ。魂である鉱山が、死にかけてるんだからな」
主人の話によると、町の経済を支える「鉄の心臓」鉱山は、現在、最低限の稼働しかできていないらしい。原因は、鉱山を仕切るギルドマスター、ボルガという男の強欲な経営にあった。彼は安全管理にかける費用を惜しみ、労働者たちに危険で過酷な労働を強いた。その結果、先月、ついに小規模ながらも土砂崩れが発生。幸い死者は出なかったものの、怪我人が続出し、労働者たちの不満と恐怖は頂点に達していた。
以来、多くの労働者が鉱山に入ることを拒否し、生産量は激減。町全体の経済が、急速に悪化しているのだという。
「典型的な、経営者の失敗ですわね」
私は冷静に分析した。だが、同時に思う。これは、好機だ。
「アレン、レオナルド。仕事の時間ですわよ」
私の言葉に、二人がきょとんとした顔でこちらを向く。
「この町の問題を解決します。そうすれば、正当な報酬と、今後の私たちの旅に繋がる『信用』が手に入ります」
私の本当の狙いは、金だけではない。私たちが何者であるかを、この異国の地で示し始めるのだ。悪役令嬢でも、お尋ね者でもない。問題を解決する力を持つ、有益な存在であると。
翌日、私たちは鉱山ギルドの事務所へと向かった。受付で来意を告げると、奥から現れたのは、熊のように巨大で、見るからに強欲そうな男だった。彼がギルドマスターのボルガだろう。
「なんだ、お前たちは。ひよっこ冒険者の売り込みなら、間に合ってるぜ。今のウチに、お前らみたいなのに払う金はねえ」
ボルガは私たちを値踏みするように見ると、吐き捨てるように言った。予想通りの反応だ。
「わたくしはイリスと申します。商人であり、経営指南……コンサルタントのような仕事をしておりますの。こちらの二人は、私のビジネスパートナーです」
「コンサルタントだぁ? 小娘が、俺に経営を教えるってのか。笑わせるな!」
ボルガが高笑いする。言葉だけでは、この男には通じない。私はアレンに目配せした。
「アレン。少し、自己紹介をお願いできるかしら」
「おう!」
アレンはにっこり笑うと、事務所の隅に飾られていた、装飾用の巨大な鉄鉱石の塊(大人二人でようやく運べるほどの大きさだ)に歩み寄った。そして、何の苦もなく、それを軽々と頭上まで持ち上げてみせた。
「……なっ!?」
ボルガの笑い声が、引きつったような音に変わる。ギルドの職員たちも、信じられないものを見る目でアレンを凝視していた。
「こちらは護衛のアレック。ご覧の通り、少々力が自慢です」
次に、私はレオナルドに視線を送った。
「レオナルド」
「ええ。お任せを」
レオナルドは、事務所の隅で腕を吊っていた、軽傷の鉱夫に近づいた。おそらく、先日の事故で怪我をしたのだろう。
「神の御名において、汝の傷に癒しの光を」
レオナルドが柔らかく詠唱すると、その手から淡い光が放たれ、鉱夫の腕を包み込んだ。すると、たちまち傷は癒え、鉱夫は驚きと喜びの声を上げながら、自由に腕を動かし始めた。
「こちらは治癒師のレオナルド。彼の腕は、大神殿のお墨付きですわ」
ボルガは完全に沈黙していた。圧倒的な「力」と、奇跡のような「技術」。その両方を、彼は目の前で見せつけられたのだ。
「……それで、一体いくらだ。いくらで、お前らを雇える」
ようやく絞り出した声には、警戒と欲望が混じり合っていた。
「報酬は、成功報酬で結構ですわ」
私は、とびきりの笑顔で提案した。
「もし私たちが、今よりも多くの鉱石を、より安全に採掘できるようにしてみせたら、その向上した利益の中から、三割を報酬として頂戴したい。もし、何も変わらなければ、報酬は一銭も頂きません。あなたに損はないお話でしょう?」
自分の懐は痛まず、それでいて現状が改善するかもしれない。強欲なボルガにとって、これ以上ないほど魅力的な提案のはずだ。案の定、彼はしばらく考え込んだ後、しぶしぶといった体で頷いた。
「……いいだろう。だが、俺のやり方に口出しはするなよ。結果さえ出せば、文句はねえ」
契約は成立した。
その日の午後、私は早速、仕事をボイコットしている労働者たちを集めてもらった。薄暗い酒場の片隅で、彼らは疑心暗鬼の目で私を見ている。
「ギルドマスターに雇われたコンサルタントのイリスです。皆さんの話を、聞かせていただけますか?」
私は静かに、そう切り出した。私の本当の目的は、強欲なギルドマスターを儲けさせることではない。疲弊したこの町と人々を、根本から立て直すこと。
悪役令嬢として培った私の知略が、初めて多くの人々を救うために使われようとしていた。戦いではない、私のやり方での「町の救済」が、今、始まろうとしていた。