第57話:守護の誓いと調和の詩
絶体絶命。
守護のゴーレムが放つ、必殺の拳が、精神を乱された私の、無防備な体に迫る。
もう、間に合わない。
そう、諦めかけた、その刹那だった。
「――させねえよッ!」
私の前に、黄金色の疾風が割り込んだ。
アレンだ。
彼は、その拳を、大剣で受け止めようとはしなかった。そんなことをすれば、船でさえ砕くその威力の前に、剣ごと、叩き潰される。
彼は、自らの体を、盾としたのだ。
ゴッッ!!!
肉と骨が砕ける、鈍く、おぞましい音が、神殿に響き渡った。
アレンの体は、くの字に折れ曲がり、凄まじい勢いで、後方の石壁へと叩きつけられた。
だが。
彼は、倒れなかった。
ボロボロになりながらも、その両足で、確かに大地を踏みしめ、私を、その背後から、決して動かずに、守り抜いていた。
「……イザベラには……指一本、触れさせねえ……」
それは、兵器でも、勇者でもない。
ただ、愛する者を守りたいと願う、一人の男の、魂の誓いだった。
「アレンッ!」
私の絶叫。
その光景に、不和のスピリットの囁きに蝕まれかけていた私の心は、完全に、覚醒した。
あの背中が、あの誓いが、全てだ。そこに、一片の疑いを挟む余地など、ありはしない。
私の心の迷いが晴れたことで、スピリットの精神攻撃が、潮が引くように、その力を失っていく。
「アレン殿!」
同じく、我に返ったレオナルドが、アレンの元へと駆け寄る。その手からは、「慈愛のレガリア」の力が、惜しみなく、溢れ出していた。
「わたくしの全てを賭けて、あなたを、死なせはしません!」
アレンの自己犠牲という、究極の「守護」。
それを目の当たりにし、私たちの絆は、再び、そして、以前よりも遥かに強く、一つになった。「調和」を取り戻したのだ。
不和のスピリットが、私たちの揺るぎない魂の輝きの前に、怯んだように、後ずさる。
私は、勝機を見出した。
この二体の守護者は、対。ならば、その攻略法も、一つのはずだ。
「レオナルド! アレンの治癒を続けなさい! それが、あなたの『守護』です!」
「アレン! レオナルドの回復を信じ、防御に徹して! あなたは、わたくしの、決して砕けない『盾』となるのです!」
私の、知恵のレガリアの力を乗せた、絶対的な信頼に満ちた声が、二人の魂を震わせる。
「そして――!」
私は、二体の守護者の、本当の繋がりを、見抜いていた。
「レオナルド! あなたの『慈愛』の力は、あのスピリットの『不和』の力の、完全な対極! その聖なる光を、アレンではなく、あの黒曜石のゴーレムに、叩き込みなさい!」
「なんですと!?」
「あのゴーレムの絶対防御は、スピリットの負の力によって、維持されている! その繋がりを、あなたの光で、断ち切るのです!」
レオナルドは、一瞬で私の意図を理解した。彼は、アレンの治癒を続けながらも、その力の半分を、巨大な光の奔流へと変え、守護のゴーレムへと放った。
ゴーレム自身に、ダメージはない。だが、その漆黒の装甲を覆っていた、見えない負のエネルギーの鎧が、聖なる光によって、浄化され、剥がされていく。
「アレン!」
私は、最後の指示を、叫んだ。
「ゴーレムではない! あのスピリットを、ゴーレムの影ごと、あなたの光で、貫きなさい!」
レオナルドの光によって、ゴーレムとの繋がりを断たれた不和のスピリットが、苦し紛れに、ゴーレムの足元の影へと、逃げ込もうとしていた。
だが、もう遅い。
「うおおおおおっ!」
アレンの、黄金に輝く大剣が、床に伸びるゴーレムの影、その中心に、突き立てられた。
実体を持たないはずのスピリットに、勇者の光の刃が、確かに、突き刺さる。
『ギ……ァ……アアアア……』
スピリットが、断末魔の悲鳴を上げ、光の粒子となって消滅していく。
そして、その力の供給源を完全に失った、守護のゴーレムもまた、その漆黒の装甲に、無数の亀裂を走らせ、やがて、静かな砂の山となって、崩れ落ちていった。
最後の試練は、終わった。
それは、二体の敵を倒すことではなかった。
仲間への絶対的な「守護」の意志を示し、揺るぎない「調和」の力を、証明することだったのだ。
静寂が戻ったホール。
二つの祭壇の上に、「守護のレガリア」と「調和のレガリア」が、穏やかな光を放って、私たちを待っていた。
私たちの、最後の戦いが、今、本当に、終わったのだ。




