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第51話:最後の試験と砕けぬ心

『最終シミュレーションヲ、カイシシマス』


無機質な合成音声と共に、「英霊の間」の床が震え、祭壇を守る最後の守護者、「ドレッドノート・ドラゴン」が、その巨体を完全に起こした。

白銀の鱗のような装甲に、紅蓮に輝く双眸。背中に広がる鋼鉄の翼は、それだけで凶器となりうる鋭さを備えている。

かつて、このヴァルハラ城砦の兵士たちが、その「勇気」を試すための、最終目標としていたという、最強の仮想敵。それは、純粋な戦闘能力を試すための、完璧な殺戮機械だった。


ドラゴンが咆哮する。

その口から放たれたのは、炎ではない。全てを蒸発させる、超高熱のプラズマの奔流だった。


「アレン!」


私は叫ぶ。アレンは、床を蹴り、紙一重でそれを回避した。彼が先ほどまで立っていた場所の床が、ガラスのように溶けている。

知恵や慈愛が通用する相手ではない。これは、真正面からの、純粋な力のぶつかり合いだ。


アレンは、これまでの試練で得た、揺るぎない「勇気」を胸に、ドラゴンへと真っ向から斬りかかった。だが、ドラゴンの白銀の装甲は、センチネルのそれ以上に強固で、アレンの大剣をもってしても、浅い傷しか付けることができない。

逆に、ドラゴンは、その巨大な体躯に似合わぬ、恐るべき俊敏さで、アレンを翻弄する。その動きは、過去の挑戦者たちの戦闘データを元に、常に最適解を導き出す、高度な戦術AIによって制御されていた。


「くっ……! こいつ、俺の動きを、読んでやがる!」

「アレン殿、お下がりください!」


レオナルドの回復の光が、アレンの傷を癒す。だが、ドラゴンの翼から放たれる無数のエネルギー刃や、尻尾による広範囲なぎ払いの前に、回復が追いつかなくなってきた。

じりじりと、しかし確実に、私たちは追い詰められていく。


「知恵のレガリア」の力で、私は必死にドラゴンの行動パターンを分析する。だが、その戦術はあまりに多彩で、弱点らしい弱点が見当たらない。

(ダメだわ……。物理的な弱点がない。ならば、この試練の本当の意味は……?)


その時、私は気づいた。

ドラゴンは、アレンが攻撃を躊躇したり、一瞬でも恐怖の感情を抱いたりした瞬間、その精神的な隙を突くかのように、より一層、苛烈で、強力な攻撃を仕掛けてくる。

この試練は、ただ敵を倒す「勇猛さ」を試しているのではない。

どんなに絶望的な状況に陥っても、決して、決して諦めない心。それこそが、真の「勇気」であると、その魂で証明することを、求めているのだ。


「アレン!」私は叫んだ。「怯んではダメです! あなたの心が折れた、その瞬間に、わたくしたちは負けるのです!」

「……っ!」

「信じなさい! あなた自身の力を! そして、何よりも、あなたを心の底から信じている、わたくしたちのことを!」


私の魂の叫びに、レオナルドもまた、声を重ねた。

「そうです、アレン殿! あなたの背中は、このレオナルドが、命を賭してお守りしますとも!」


仲間たちの、揺るぎない信頼の声。

それが、アレンの心を、再び奮い立たせた。

彼は、全ての迷いと、恐怖を、その心から振り払った。彼の精神は、静かな湖面のように澄み渡り、そこには、ただ、仲間を守るという、絶対的な覚悟だけが、輝いていた。


アレンの纏う黄金のオーラが、これまでで最も強く、そして、気高い輝きを放ち始める。

ドラゴンは、それを最大の脅威と認識したのか、その全エネルギーを、口元の一点に集束させ始めた。最後の攻撃。全てを無に帰す、極大のプラズマキャノン。


だが、アレンは、もはや、それから逃げなかった。

彼は、防御もせず、回避もせず、その破壊の光の奔流に向かって、真正面から、突撃したのだ。


「俺の勇気は、俺一人だけのものじゃねえ!」


その絶叫は、彼を信じる、全ての仲間たちの想いを乗せていた。


「みんながくれた、この心なんだァァァッ!」


アレンの大剣が、仲間への信頼と感謝、そして、何者にも屈しないという、鋼の意志を乗せて、閃光と化した。

黄金の光は、プラズマの奔流を、まるで熱いナイフがバターを切るかのように、真っ二つに切り裂いた。

そして、その勢いのまま、ドラゴンの動力炉心コアを、まっすぐに、深く、貫いた。


『……シケン、カンリョウ』


ドレッドノート・ドラゴンは、内部から清らかな光を放ち、爆発四散するのではなく、まるで満足げに、その機能を、静かに停止させた。


『……ユウシャノシカクヲ、ニンショウシマス……』


その最後のメッセージを残して。


静寂が戻った「英霊の間」。

ドラゴンの消えた祭壇の上には、燃えるような赤い宝石がはめ込まれた、一つのペンダントが、残されていた。

第四のレガリア、「勇気のレガリア」。


アレンが、そのペンダントを、自らの首にかける。

すると、彼の魂が、さらに一段、強く、気高くなったような感覚を、私たちは覚えた。彼はもう、どんな絶望にも、決して屈することのない、真の勇者の心を、その手に、確かに掴んだのだ。

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