第50話:勇気の城砦と心の幻影
再生した「生命の揺りかご」を後にした私たちは、飛空艇ホープウィング号の舵を、北へと向けた。
目指すは、第四のレガリア『勇気のレガリア』が眠るという、巨大な要塞遺跡「ヴァルハラ城砦」。かつて、この古代文明の軍事力の中枢であり、兵士たちの育成機関であった場所だ。
やがて、私たちの眼下に、その威容が見えてきた。巨大な山脈を、丸ごとくり抜いて建造されたかのような、あまりに巨大で、威圧的な軍事要塞。魔王の攻撃によって、その城壁は半ば崩壊し、いくつもの塔が折れている。だが、その姿は、今なお、難攻不落の雰囲気を漂わせていた。
「すごい……。あれが、軍事アカデミー……」
私たちが城砦の上空に近づくと、これまでの遺跡とは、また違う防衛システムが、私たちを迎え撃った。
無数の、半透明な兵士のホログラムが、どこからともなく現れ、槍や剣を構えて、ホープウィング号へと襲いかかってきたのだ。
「物理的なダメージはありません! ですが、このホログラムに触れると、精神力がごっそりと削られていきますぞ!」
レオナルドが叫ぶ。これは、かつてこの城砦で行われていた、模擬戦闘訓練システムの暴走。実体を持たないが故に、厄介な敵だった。
「……鬱陶しいですわね」
私は、この無数の仮想兵士たちを前に、一つの策を思いついた。
「アレン! あなたの『勇気』を、見せてやりなさい!」
「勇気? よくわかんねえけど、要するに、気合ってことだな!」
アレンは、甲板の最前線に立つと、その体に宿る、覚醒した勇者のオーラを、一気に解放した。
「うおおおおおおっ!」
黄金色の気迫が、衝撃波となって、周囲へと広がる。すると、中途半端な覚悟で作り出された仮想兵士たちは、その絶対的な王者のプレッシャーに耐えきれず、まるで幻のように、次々と霧散していった。
私たちは、がら空きになった空を突き進み、城砦の崩れた城壁から、その内部へと侵入することに成功した。
城砦の内部は、かつての訓練施設が、魔王の残滓の影響で、悪夢のようなトラップ地帯へと変貌していた。そして、ここでの試練は、その名の通り、私たちの、特にアレンの「勇気」を、徹底的に試すものだった。
最初に私たちが入った部屋は、真っ暗な闇に包まれていた。そして、その闇が、私たちの心の奥底に眠る、「最も恐れるもの」を、幻影として映し出し始めた。
レオナルドは、食べ物が一切なく、水さえも干上がった、飢餓地獄の幻を見て、その場に膝をついた。
私は、再び、あの故郷の断頭台の上に立たされ、憎悪に満ちた民衆の罵声を、一身に浴びせられていた。
そして、アレンは。
彼が見ていたのは、目の前で、私が、正体不明の敵によって、血まみれになって倒れる幻影だった。そして、それを、自分には助ける力がないと、ただ、呆然と見つめている、無力な自分の姿。
「……う……ああ……」
アレンの顔が、絶望に歪む。だが、彼は、歯を食いしばり、その幻影に向かって、叫んだ。
「うるせえッ! 俺は、もう、無力なんかじゃねえッ!」
彼の声が、闇を震わせる。
「イザベラは! 俺が、絶対に、守るんだァァァッ!」
彼自身の「勇気」が、恐怖の幻影を、打ち破った。アレンの心の光が、部屋の闇を払うと、私たちが見ていた幻もまた、嘘のように消え去っていた。
次の試練は、二つの扉だった。
『一方の扉は、安全な道。一方の扉は、汝の仲間が、生命の危機に陥る、罠の道』
という碑文。だが、どちらが正解か、というヒントは、どこにもない。
正しい道を選ぶには、仲間が危険に陥るかもしれない、という最悪の可能性を受け入れ、それでもなお、進むと決める、「決断の勇気」が、問われていた。
「……どっちに進んでも、同じだ」
アレンは、迷いなく、言った。
「仲間が危なくなったら、俺が助ける。それだけだ。だから、こっちだ!」
彼は、理屈ではない。自らの直感と、仲間への信頼、そして、全てを受け入れる覚悟で、右の扉を選んだ。
ゴゴゴ、と音を立てて、その扉は、正解の道へと、その口を開いた。
数々の「勇気」を試す試練を、アレンは、その純粋で、揺るぎない魂で、次々と突破していく。私とレオナルドは、もはや、彼のその背中を、ただ、信じて見守るだけだった。
そして、私たちは、ついに、城砦の最も高い場所にある、「英霊の間」と呼ばれる、巨大なホールにたどり着いた。
その中央の祭壇に、第四のレガリア、「勇気のレガリア」が、誇らしげな光を放って、安置されている。
だが、そのレガリアを守るように、一体の、巨大な影が、ゆっくりと、その身を起こした。
白銀の装甲に、紅蓮の瞳。そして、背中には、鋼鉄の翼。
かつて、この城砦の兵士たちが、模擬戦闘の最終目標としていたという、最強の仮想敵。
『最終シミュレーションヲ、カイシシマス』
無機質な合成音声が、ホールに響き渡る。
『ターゲット:勇者。殲滅目標:ドレッドノート・ドラゴン。……戦闘、開始』
アレンの「勇気」を試す、最後の試験が、今、始まろうとしていた。




