第49話:鎮魂の光と慈愛の継承者
アレンが振り下ろした、黄金に輝く一撃。
それは、破壊のためではなく、この地に満ちる、数千年の悲しみを癒すための、鎮魂の光だった。
大剣が、生命の樹の幹に触れた瞬間、樹は悲鳴を上げる代わりに、まるで安堵したかのように、その乳白色の輝きを、より一層、清らかなものへと変えていった。
アレンの持つ「勇者の光」と、レオナルドが捧げ続ける「神聖な祈り」が、樹の内部で暴走していた生命エネルギーの奔流を、優しく、そして力強く、鎮めていく。
『……あぁ……』
生命の樹を縛り付けていた、狂ったエネルギーの循環が止まったことで、管理者エヴァの幻影を苛んでいた、永い呪縛もまた、解き放たれた。
その瞳から、拭いきれないほどの深い悲しみが消え、穏やかで、そして、慈愛に満ちた、本来の女神のような微笑みが浮かぶ。
『ありがとう……優しき勇者よ。そして、その魂を正しく導く、賢き乙女よ……』
エヴァの視線が、私と、そして、祈りを捧げ続けるレオナルドにも向けられる。
『あなた方のおかげで、私も……そして、私が愛した、哀れな子供たちも、ようやく、永い、永い眠りにつくことができます……』
その言葉と共に、彼女の幻影は、満足げに、そして感謝するように、ゆっくりと光の粒子となって、霧散していった。
数千年にわたる、悲しき母の物語が、今、ようやく、その幕を下ろしたのだ。
エヴァが消えた後には、祭壇の上に、小さなブローチの形をした、第三のレガリア、「慈愛のレガリア」だけが、温かな光を放ちながら、静かに残されていた。
レオナルドが、まるで聖遺物にでも触れるかのように、敬虔な手つきで、そのレガリアを拾い上げた。
「これは……。なんと、温かく、清らかな力……。このレガリアは、神聖な力を司る者が、持つべきもののようですな」
彼がレガリアに触れた、その瞬間。
ブローチは、彼の神官服の胸元に、まるで最初からそこにあったかのように、自ら吸い寄せられ、収まった。
そして、レオナルドの全身から、これまでにないほど、強力で、清らかな神聖なオーラが、溢れ出した。
「おお……! なんという、力強い慈愛の力……! これさえあれば、どんなに苦しむ魂も、どんなに深い絶望も、きっと、救うことができるやもしれません!」
彼は、自らの内に満ちる新たな力に、感動と、そして、神官としての新たな決意を、その瞳に宿していた。
生命の樹が正常な活動を取り戻したことで、ドーム全体に、清らかな生命エネルギーが、満ちていく。
歪んでいた植物たちは、そのおぞましい進化を止め、穏やかで、美しい本来の姿へと戻っていく。森のあちこちで苦しみの声を上げていたキメラ生物たちも、その呪われた肉体から解放され、安らかな光の粒子となって、大地へと還っていった。
ほんの数時間前まで、悪夢の地獄だったこの森は、まるで奇跡のように、美しい生命の楽園へと、その姿を変えたのだ。
こうして、三つのレガリアが、私たちの元に揃った。
アレンの「力」、私の「知恵」、そして、レオナルドの「慈愛」。
私たちは、知らず知らずのうちに、それぞれの役割を、この古代文明が遺したレガリアという形で、明確に担うことになっていた。
私たちの旅は、もはや、ただの冒険ではない。古代文明が遺した、巨大な悲劇を、一つ一つ、癒していくための、巡礼の旅でもあるのだと、改めて実感した。
拠点に戻った私は、「知恵のレガリア」の力で、大図書館で得た膨大な情報を、再び整理した。そして、次のレガリアの場所を、正確に特定する。
「第四のレガリア、『勇気のレガリア』。それは、かつてこの文明の軍事拠点であり、兵士たちの育成機関であった、巨大な要塞遺跡、『ヴァルハラ城砦』に眠っているようですわ」
私は、仲間たちに告げた。
「これまでの試練とは、おそらく、また違う。次なる試練は、純粋な『武』。アレン、あなたの力が、そして、あなたの『勇気』そのものが、再び、試されることになります」
私の言葉に、アレンは、力強く頷いた。その瞳には、かつてのような能天気さだけでなく、自らの宿命と向き合う、勇者としての覚悟が、確かに宿っていた。
私たちは、再生した美しい森、「生命の揺りかご」に別れを告げ、新たな目的地へと、ホープウィング号の舵を切った。




