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第45話:真理の間と賢者の問い

光の階段を上りきった先は、私たちの想像を絶する、異質な空間だった。

壁も、床も、そしてドーム状の天井さえも、全てが、まるで巨大な書物のページを貼り合わせたかのように作られている。空気そのものに、数千年分の知識と情報が、色濃く満ち満ちていた。

大図書館アルケイアの最上階、「真理の間」。


その部屋の中央に、一つの美しいサークレットが、柔らかな光を放ちながら、静かに浮かんでいた。第二のレガリア、「知恵のレガリア」だ。


私たちが、そのレガリアに吸い寄せられるように、一歩足を踏み出した、その時。

レガリアの前に、ふわりと、光の粒子が集まり、一人の賢者の姿をした、荘厳な幻影が現れた。その瞳は、まるで宇宙のように深く、世界の全てを見通しているかのような、穏やかな光を宿している。

この大図書館の創設者にして、古代文明最高の知性と謳われた大賢者、「ソフォス」。その幻影に違いなかった。


『レガリアを求める者よ』


ソフォスの声は、私たちの頭の中に、直接響き渡った。


『我が名はソフォス。この知の聖域を守る者。汝らの知恵が、真に世界を照らす光となりうるか、この私が見極めさせてもらう』


彼は、武力ではなく、「対話」による、最後の試練を私たちに課してきた。


『第一の問いを授けよう。――汝にとって、"力"とは何か?』


その問いに、アレンが、即座に答えた。

「そんなの、決まってる! 敵を倒すためのもんだ!」

だが、ソフォスの幻影は、静かに首を横に振った。アレンの答えは、真理には届いていない、と。


私は、アレンの前に進み出て、答えた。

「力とは、何かを、誰かを、守るために存在するものです」

私は、アレンの顔を、まっすぐに見つめながら続けた。

「守るべきものを持たない力は、ただの暴力にすぎません。ですが、守るべきものがある時、力は、勇気となり、希望となり、そして、奇跡を起こす光ともなる。わたくしは、それを、この目で見てまいりました」

私の答えに、ソフォスは、満足げに、深く頷いた。


『では、第二の問いだ。――"知識"とは、何か?』


「それは、神が与え給うた、世界の理を解き明かすための、尊き導きです」

レオナルドが、神官として、敬虔に答える。ソフォスは『それも、また一つの真実』としながらも、完全な答えではない、というように、私に視線を向けた。


「知識とは、諸刃の剣ですわ」


私は、エルドリアでのヴェリタスの狂気を思い出しながら、答えた。

「それは、人を救う万能薬にもなれば、世界を滅ぼす猛毒にもなる。大切なのは、知識そのものではなく、それを何のために、どう使うかという、『意志』と『倫理』。知識は、それを正しく使う資格を持つ者にのみ、真の価値を示してくれるのです」

ソフォスは、再び、深く、そして、より強く、頷いた。


『……見事だ。では、最後の問いだ、若き探求者よ』


彼の声が、より一層、厳かになる。


『――汝は、何のために、その知恵を求めるのか?』


その、あまりに根源的な問いに、私は、一瞬、言葉に詰まった。

何のため?

かつては、ただ生き延びるためだった。理不尽な運命に、抗うためだった。

だが、今は?


私は、自分の隣に立つ、仲間たちの顔を見た。

どこまでも真っ直ぐで、お人好しで、私のことを疑いもせずに信じてくれる、勇者アレン。

食いしん坊で、少し情けないところもあるけれど、誰よりも優しい心を持つ、神官レオナルド。

彼らと共に旅をしてきた、これまでの道のり。守ってきた、ささやかな笑顔の数々。


私は、確信を持って、答えた。


「わたくしが知恵を求めるのは、わたくしの大切な、かけがえのない仲間たちと……そして、彼らが愛する、この不完全で、愚かで、それでも、どうしようもなく美しい世界を、守るためです」


私の声に、迷いはなかった。


「わたくしの知恵は、誰かを支配するためでも、自分のためだけでもありません。誰かと共に、手を取り合って、未来へと歩んでいくために、使いたいのです」


私の答えを聞き終えたソフォスの幻影は、その厳格な表情を崩し、まるで慈愛に満ちた祖父のような、優しい笑みを、初めて浮かべた。


『――合格だ、イザベラ・フォン・ヴァイスハイト』


その声と共に、彼の幻影は、光の粒子となって、静かに消えていった。そして、その手の中にあった「知恵のレガリア」が、ふわりと、私の元へと飛んできて、その額に、そっと収まった。


サークレットが、私の肌に触れた瞬間。

私の頭脳が、これまでにないほど、冴えわたっていくのを感じた。思考速度、分析能力、記憶力。その全てが、飛躍的に向上し、まるで、世界の真理の、その一端に触れたかのような、全能感にも似た、不思議な感覚が、私を満たしていく。


しかし、同時に、私は理解した。

この力は、あまりに強大で、そして、あまりに危険な力だということも。使い方を一つ間違えれば、世界を、容易に、混乱の渦に叩き落とせる。

私は、この力を正しく使うことを、このレガリアの意志に、そして、私自身の魂に、改めて、強く誓った。


アレンの「力」と、私の「知恵」。

二つのレガリアが、今、揃った。

私たちの旅は、そして、世界の運命は、ここから、新たな次元へと、その歩みを進めていくことになるのだ。

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