第44話:知恵の試練と三つの解答
大図書館アルケイアの内部は、魔王の残滓によって歪められた、悪意ある知の迷宮だった。だが、私たちの前に立ちはだかった最初の試練――壁に無秩序に刻まれた古代文字の羅列を前に、私は、むしろ闘志を燃やしていた。
「なるほど……。これは、ただの暗号ではありませんわね」
私は、その文字の配列と、図書館という場所の特性から、即座にその正体を見抜いた。
「これは、この図書館の『蔵書検索システム』を起動させるための、コマンドプロンプトのようなもの。特定のキーワードを、特定の順番で入力することで、道が開く仕掛けです」
「キーワード?」
「ええ。この図書館の理念を示すであろう、哲学的な単語。『真理』『探求』『始まり』……そして『知恵』。この四つでしょう」
私は、エルドリアの禁書庫で学んだ古代文字の知識を元に、壁に刻まれた文字の中から、その四つの単語を見つけ出し、正しいと信じる順番で、そっと指で触れていった。
すると、壁がまばゆい光の粒子となって霧散し、その向こうに、新たな通路が現れた。
「すげえ! イザベラ、なんでわかったんだ!?」
「これぞ、知の力ですな!」
感嘆するアレンとレオナルドを伴い、私は次のエリアへと進んだ。
次に現れたのは、無限にループしているように見える、奇妙な回廊だった。いくら前に進んでも、いつの間にか、同じ場所に戻ってきてしまう。
その回廊の壁には、二枚の肖像画が飾られていた。威厳のある王の絵には『我は真実しか言わぬ』と。そして、思慮深き賢者の絵には『我は嘘しか言わぬ』との銘文が。さらに、その間には、『正しい道を知るは、我らの一人のみ』と刻まれた、石版があった。
「古典的な、嘘つきパラドックスですわね」
私は、すぐにその論理構造を解き明かした。「『私は嘘しか言わない』と、嘘つき自身が言うことは、論理的に矛盾しています。つまり、嘘をついているのは賢者の方。ならば、真実を語る王が指し示す道こそが、正しい道……のはずですが」
だが、王の肖像画が指し示す方向へ進んでも、私たちはループから抜け出すことはできなかった。
「……なるほど。この試練の出題者は、相当、意地が悪いですわね」
私は、笑みを浮かべた。この試練の本当の目的は、単純な論理パズルを解かせることではない。この図書館の創設者の、「思考」そのものを読ませようとしているのだ。
「真の知恵とは、与えられた選択肢の中から、ただ正解を選ぶことではない。時には、その選択肢そのものを疑い、自らの手で、第三の道を切り開くこと。――それが、この試練の答えですわ」
私は、王と賢者の肖像画、そのちょうど「中間」にある、何もない壁を指さした。
「アレン。その壁を、押してみてくださいな」
「おう!」
アレンが壁を押すと、ゴゴゴ、と音を立てて、隠し通路が出現した。私たちは、まんまとループを突破することに成功した。
そして、最後の試練の間に、私たちはたどり着いた。
そこは、巨大なチェス盤のような床が広がる、広大なホール。私たちが一歩足を踏み入れると、盤上のマス目から、光の粒子が集まり、いくつもの人影が具現化していった。
歴史上名高い、偉大な戦術家、無敵を誇った王、伝説の大魔術師。書物に記された英雄たちの幻影が、チェスの駒のように、私たちに襲いかかってきたのだ。
「これは……! わたくしの、戦術と歴史知識そのものが、試されているというわけですか」
ならば、受けて立ちましょう。
私は、チェスのプレイヤーのように、この盤上を支配することを決めた。
「アレン! あなたは、盤上を自由に駆け巡る『ナイト』! その突破力で、敵陣のクイーン、あの大魔術師の懐に飛び込みなさい!」
「レオナルド! あなたは、斜めに盤上を制圧する『ビショップ』! 後方から、アレンの進路を確保し、聖なる光で敵の動きを牽制するのです!」
私の指示に、二人は完璧に応える。アレンが敵陣をかき乱し、レオナルドがその退路と活路を確保する。私は、盤上全体の戦況を見渡し、敵の動きを予測し、二人を最適な場所へと導いていく。
私たちの動きは、まるで、一つの生命体のように、連動していた。
そして、ついに、敵の最後の駒である「王」の幻影を、アレンの剣が追い詰めた。
「チェックメイトですわ」
私がそう呟いた瞬間、王の幻影は光の粒子となって消え、ホールの奥に、上階へと続く、壮麗な光の階段が現れた。
私たちは、古代文明が遺した、三つの知恵の試練を、完璧に突破したのだ。
「さあ、行きましょう」
私は、自らの知性が、古代の叡智に通用したことに、静かな誇りと興奮を感じながら、仲間たちに言った。
「わたくしたちの『知恵』が、本物かどうか。その答え合わせを、しに行きましょうか」
私たちは、第二のレガリアが眠る、最上階「真理の間」へと続く、光の階段を、一歩、また一歩と、上り始めた。




