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第32話:救済という名の絶望

星読みの塔に響き渡る、穏やかで、しかし絶対的な支配者の声。

マスター・ヴェリタスは、最初から全てを知っていた。私たちの潜入も、目的も、そして、その素性さえも。


「オルダス、旧友よ。お主が、その禁書庫で見つけたネズミたちを、ここに導くことは、とうに分かっていたとも」


ヴェリタスは、戦闘不能の仲間を庇うように立つオルダスに、親しげに、しかし冷たく語りかけた。


「そして、悪役令嬢イザベラ・フォン・ヴァイスハイト殿。君のその類稀なる知略、実に見事だった。ポート・ソレイユでの活躍も、この私を楽しませてくれたよ」


彼の情報網は、私たちの想像を遥かに超えていた。この塔の頂から、彼は世界の全てを、まるで掌の上で転がすように、眺めていたのだ。


「あなたも……あの過激派と同じく、アレンを兵器として利用するおつもりですか」

「兵器だと?」


私の問いに、ヴェリタスは心底おかしいといったように、静かに笑った。


「なんと矮小な発想だろう。私の目的は、そんなチンケなものではない。私の目的は――『世界の救済』だよ」


その言葉に、私たちは息を呑んだ。


「私はね、知っているのだよ。この世界が、どうしようもなく不完全なものであることを。人の心から、嫉妬や憎悪、そして欲望といった感情が尽きない限り、争いの歴史は永遠に繰り返される。数百年前の、あの忌まわしい魔王軍との戦いのようにね。私は、あの戦で、全てを失った」


彼の瞳に、初めて、深い悲しみの色が浮かんだ。


「だから、私は世界を『作り変える』。勇者の魂が持つ、莫大な創造と破壊のエネルギーを利用し、この世界の理そのものを、根こそぎ書き換えるのだ。全ての人間の精神から、争いの火種となる感情を消し去り、完全なる調和と秩序に満ちた、新しい世界を創造する。それこそが、私の目指す、唯一にして絶対の『救済』なのだよ」


それは、あまりに壮大で、そして、あまりに独善的な計画だった。人の心を、感情を、奪うこと。それは、救済などではない。魂の、死だ。


「わたくしたちを襲った過激派は……」

「ああ、彼らか。彼らは、私の計画を進める上で、実に都合の良い駒だった。彼らに禁術の研究をさせることで、君たちという『最後の勇者』をおびき寄せるためのね」


アレンに近づいたのも、私たちが禁書庫の情報を得たのも、全ては彼の筋書き通り。私たちは、彼の描いた脚本の上で、道化のように踊らされていただけだったのだ。


「さあ、茶番はここまでだ」


ヴェリタスが、すっと指を一つ鳴らす。

その瞬間、私たちの体に、見えない鉛がのしかかったかのように、凄まじい重圧がかかった。星読みの塔そのものが、巨大な魔力増幅装置として機能し、この空間では、ヴェリタスは神にも等しい力を振るえるのだ。


「ぐっ……! 体が……動かねえ!」

「こ、これが……アカデミー総長の、本当の力……!」


アレンもレオナルドも、強力な重力魔法によって、床に膝をつくことしかできない。


「勇者よ。君の力は確かに素晴らしい。だが、悲しいかな、まだ『未完成』だ。君の魂は、この世界に完全に定着していない。故に、君の力は不安定で、真のポテンシャルを発揮できていない」


ヴェリタスは、祭壇に安置された、私たちが希望として求めてきた魔道具を指さした。


「そして、それ。君が求めてきた『抑制の魔道具』。あれも、私が作ったものだよ。君の暴走を抑えるためではない。君の魂を完全に制御し、私の『救済』計画の動力源とするための、美しい『枷』だ」


希望が、絶望へと変わる。

私たちが必死で掴もうとしていた蜘蛛の糸は、最初から、私たちを捕らえるための、罠の一部でしかなかった。


「ヴェリタスゥッ!」


オルダスが、絶叫と共に、最後の力を振り絞って、師の仇である男に最大級の攻撃魔法を放った。だが、ヴェリタスはそれを、指先から放った、あまりに小さな魔力障壁で、いともたやすく受け止めてしまう。


「旧友よ、眠りたまえ。新しい世界が来た時に、また会おう」


無慈悲な光が、オルダスの体を打ち、彼は声もなく床に崩れ落ちた。


万策、尽きた。

イザベラ・フォン・ヴァイスハイトの知略は、初めて、完璧なまでに打ち砕かれた。


ヴェリタスは、動けないアレンの前に、ゆっくりと歩み寄る。そして、その額に、そっと手をかざした。


「さあ、勇者よ。その不完全な魂を、世界の救済のために、喜んで捧げたまえ」


眩い光が、アレンの体を包み込む。彼の意識が、その魂が、ヴェリタスの邪悪な魔力によって、深い闇へと引きずり込まれていく。


私は、何もできずに、ただ、その光景を見つめることしか、できなかった。

私たちの物語は、ここで、終わってしまうというのか。

絶望的な光の中で、私の意識もまた、遠のいていった。

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