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第30話:禁術の真相と師の遺言

王立アカデミーの地下深く。埃と古い魔力の匂いがする、隠された一室。

意識を失ったままのアレンをレオナルドが看病する傍らで、私は司書長のオルダスと、静かに向き合っていた。彼の厳しい表情には、深い苦悩と、そして何かを覚悟したかのような、静かな光が宿っていた。


「単刀直入に聞こう、イリス殿。お主、あの青年が何者か、どこまで知っておる?」


私は、もう隠すことはないと判断し、正直に答えた。

「彼が、古代の禁術によって、異世界から召喚された『勇者』であるということ。そして、その魂は極めて不安定で、暴走の危険を孕んでいるということ。わたくしが知っているのは、そこまでですわ」


私の答えを聞き、オルダスは重々しく頷いた。


「……そうか。ならば、全てを話さねばなるまい。わし自身の、罪の告白も兼ねてな」


彼は、語り始めた。数百年前の、エルドリアの歴史を。


「お主が読んでいた日誌の主、大魔術師ゼノンは、かつてのわしの師だった。当時、エルドリアは魔王が率いる大軍勢によって、滅亡の寸前にまで追い詰められておった。国を守るため、師は……そして我々弟子たちは、神の領域とされる禁忌の研究に、手を出したのだ」


それが、「異世界からの勇者召喚計画」。

異世界の「英雄の魂」を、魔力で作り上げた最強の「ゴーレム」に定着させ、神をも超える究極の兵士を創造しようという、あまりに傲慢で、しかし当時は唯一の希望とされた計画だった。


「アレン殿は、その研究の、最後の成功作。そして、唯一の生き残りだ」

「……生き残り?」

「そうだ。過去に召喚された十数体の勇者は、皆、魂と器の間に生じる凄まじい拒絶反応に耐えきれず、暴走し、自滅した。師であるゼノンもまた、アレン殿を召喚した最後の実験の際の事故に巻き込まれ、命を落としたのだ。あれは、呪われた研究だった……」


オルダスの声は、深い悔恨に震えていた。


「アレンが、今まで暴走せずにいられたのは……」

「奇跡的な幸運と、そして何より、彼の魂が持つ、類稀なる『善性』のおかげだろう。普通の魂ならば、とっくに自我を失い、破壊の権化と化していたはずだ。彼は、その優しさだけで、かろうじて魂の均衡を保ってきたのだ」


私は、眠るアレンの穏やかな顔を見た。彼のあの能天気な明るさが、どれほど奇跡的なものだったのかを、今更ながらに思い知らされた。


「日誌にあった、『魂の錨』について、ご存知ですか?」

「うむ。師の理論によれば、勇者の魂をこの世界に完全に繋ぎ止めるには、勇者が最も強く心を寄せ、魂のレベルで共鳴できる『対の存在』が必要不可欠だとされていた。その存在が、錨のように、不安定な魂を現実の世界に固定する、と……」


オルダスは、そこで言葉を切ると、まっすぐに私の目を見た。


「先ほどの回廊での様子を見るに、お主こそが、彼の『錨』なのだろう。お主の魂の叫びだけが、暴走しかけた彼の魂を、此岸に引き戻したのだ」


私の、魂。それが、彼を繋ぎ止める錨。その事実は、重い責任と共に、私の胸に温かな何かを灯した。


「わたくしたちを襲った、あの過激派は、一体何者なのですか?」

「師の思想を、歪んで継承した者たちだ。彼らは、勇者を国のための『兵器』として完全に制御し、量産することを目論んでおる。そのためには、アレン殿を捕らえ、その魂の構造を解析する必要がある。お主を狙ったのも、彼をおびき出すための、卑劣な罠だったのだろう」


そして、オルダスは、最も重要な敵の名を口にした。

「奴らの背後には、アカデミーの現総長、マスター・ヴェリタスがおる。奴こそが、この国の闇の中心。そして、師の禁術を、己の野心のために悪用しようとしている、最大の敵だ」


アカデミー総長。その言葉に、敵の根の深さを思い知る。


「……オルダス様。わたくしは、アレンを守りたい。彼を、道具にも、兵器にもさせはしない。そのために、あなたの力を貸していただけませんか?」


私の決意に満ちた眼差しを受け、オルダスは、長年の迷いを振り払うように、力強く頷いた。


「ああ。もちろんだ。これは、師の過ちを正す、わし自身の戦いでもある。アレン殿の暴走を一時的に抑制するための魔道具が、あの『星読みの塔』に保管されている。まずは、それを手に入れるのだ。そして、ヴェリタスの野望を、共に打ち砕こう」


目的は、定まった。

アレンを守るための「抑制の魔道具」の確保。

そして、黒幕であるアカデミー総長、マスター・ヴェリタスの打倒。


強力な協力者を得て、私たちの反撃の準備が、今、整った。

私は、眠り続けるアレンの手に、そっと自分の手を重ねた。


(必ず、あなたを救ってみせる。あなたの魂の自由は……その優しい笑顔は、このわたくしが、命を賭して守り抜いてみせる)


それは、元悪役令嬢が、一人の勇者のために捧げた、静かで、しかし何よりも強い、鋼の誓いだった。

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