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第28話:暴走の兆しと魂の錨

王立アカデミーの禁書庫で発見した古い日誌。そこに記されていた『暴走』の二文字は、呪いのように私の心に重くのしかかっていた。

あのアレンが、いつ暴走してもおかしくない、不安定な爆弾のような存在だなんて。

その日から、私のアレンに対する態度は、知らず知らずのうちに変化していた。彼の一挙手一投足が気になり、些細なことでも彼の精神に影響がないかと、過保護にも近い心配をしてしまう。


「イザベラ、どうしたんだ? 最近、俺の顔、じーっと見てること多いけど、なんか付いてるか?」


アレン本人は、そんな私の内心の葛藤など露知らず、能天気にそう尋ねてくる。私は「いいえ、何でもありませんわ」と取り繕うのが精一杯だった。


「……イザベラ様。何か、お悩みでも?」


隣にいたレオナルドが、心配そうに声をかけてきた。この鋭い神官は、私の様子の変化に、うっすらと気づいているのかもしれない。だが、アレン本人にさえ言えないこの秘密を、彼に打ち明けるわけにはいかなかった。


私は、アレンを救う唯一の手がかりである『魂のアンカー』について、さらに調査を続けた。だが、日誌にはそれ以上の記述はなく、禁書庫の他の文献をいくら探しても、関連する情報は一向に見つからなかった。調査は、完全に行き詰まっていた。


そんな私の姿を見かねてか、あるいは、私の尋常ではない真剣さに何かを感じ取ったのか。これまでただの監視役だった司書長のオルダスが、ある日の午後、初めて私に静かに話しかけてきた。


「……お主、ただの商家の娘ではあるまい。一体、この禁書庫で、何を探しておるのだ?」


その声には、いつものような刺々しさはなかった。私は、この厳格な老魔術師に、賭けてみることにした。


「オルダス様。わたくしは、古代の『魂の定着』に関する禁術について、調べております。失われた、大切な知識を取り戻すために」


核心は伏せつつ、私は真実の一部を告げた。その言葉を聞いた瞬間、オルダスの顔色が変わった。


「……やめておけ」


その声は、重く、そして警告に満ちていた。


「その術は、人の身に余る、呪われた知識だ。かつて、多くの才能ある魔術師たちがその研究にのめり込み、そして破滅した。我々アカデミーは、その過ちを繰り返さぬよう、全ての記録を封印したのだ」


やはり、彼は何かを知っている。


「ですが、どうしても、知らねばならないのです。それで救える命があるのなら」


私の必死の訴えに、オルダスは深いため息をつくと、目を伏せながら、ぽつりと言った。


「……一つだけ、可能性があるとすれば、『星読みの塔』だ。アカデミーで最も古く、天体の運行から世界の理を読み解いてきた場所。もし、魂の理に関する記録が残っているとすれば、そこ以外にはあるまい。だが、あそこは、アカデミーの者でも、限られた者しか入ることは許されん」


新たな、そして最後の希望。私は、何としてもその塔に入る方法を見つけ出さねばならないと、決意を固めた。


その夜のことだった。

私は一人、考えをまとめるために、月明かりが差し込むアカデミーの回廊を歩いていた。

その時、背後に、複数の殺気を感じた。


「そこまでだ、嗅ぎまわるネズミめ」


闇の中から、黒いローブをまとった数名の魔術師が姿を現した。その手には、攻撃魔法の光が不気味に揺らめいている。


「あなた方は……」

「我らは、真理の探求者。古の偉業を取り戻し、この国を、いや、この世界を正しき姿へと導く者。お前のように、我らの計画を嗅ぎまわる不穏分子は、ここで消えてもらう」


ポート・ソレイユで噂になっていた、「禁術を復活させようとする過激派」! 私が禁書庫で過去の禁術について調べていることを知り、口封じのために現れたのだ。

強力な炎の槍が、私に向かって放たれる。避けられない、と観念した、その瞬間だった。


『――イザベラが、危ない!』


遠くでレオナルドと談笑していたはずのアレンの声が、頭の中に直接響いたような気がした。

次の瞬間、私の目の前に、凄まじい速度でアレンが割り込んでいた。彼は、私に放たれた炎の槍を、その素手で握りつぶし、かき消してしまった。


だが、その様子は、明らかに普通ではなかった。


「……アレン?」


彼の瞳が、ギラギラと赤く輝いている。体からは、普段の彼からは想像もつかないほど、荒々しく、禍々しい魔力が、奔流のように溢れ出していた。

それは、まさしく、あの日誌に記されていた――


「……お前ら」


アレンの声は、低く、地を這うようだった。


「イザベラに、何しやがった……?」


その殺意に満ちた声と、尋常ではない魔力の圧力を前に、歴戦の魔術師であるはずの過激派たちが、恐怖に顔を引きつらせて後ずさる。


「な、なんだ、こいつは……!?」

「魔力を持たない、ただの蛮族ではなかったのか……!」


私は、目の前で起きている信じられない光景に、凍りついていた。

アレンを救うはずだった私の探求が、逆に、彼の魂に眠る「獣」を、目覚めさせてしまったというのか。

暴走。

その二文字が、絶望的な響きを伴って、私の心臓を鷲掴みにした。

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