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第19話:時計塔の上の支配者

港での戦闘は、ブルータルの敗北によって、急速に終結へと向かっていった。

最強の戦闘員を失った闇ギルドの構成員たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、あるいは戦意をなくして次々と武器を捨てる。セリーナとオーバンが率いる連合軍が、手際よく彼らを捕縛し、埠頭は徐々に秩序を取り戻しつつあった。


作戦司令室でその光景を見守りながらも、私の心は少しも晴れなかった。

(……いない)


この大立ち回りの主役であるはずの、闇ギルドのボスが、どこにも姿を見せない。これだけの規模の作戦だ。必ず、戦場全体を見渡せる安全な高所から、優雅に駒の動きを眺めているはず。


私は魔道具を手に取り、情報屋マリアへと連絡を入れた。


『マリア。もうお分かりでしょう。ボスは、どこですの?』

『……ああ。あたしの情報網でも、ようやく尻尾を掴んだよ』


マリアの声は、いつになく緊張をはらんでいた。


『驚きなさんなよ、嬢ちゃん。闇ギルド「奈落の口」のボス……その名は、マスター・ケイオス。そして、その正体は……サンストーン商会会頭、オーバン・サンストーンの、腹違いの弟……カインさ』


その名を聞いて、私は息を呑んだ。隣にいたオーバン氏が、信じられないといった表情で顔を上げた。


マリアの情報は続く。カインは、優秀な兄への嫉妬と、日陰者として生きてきた自身の境遇への絶望から、若くして裏社会へと身を投じた。そして、兄が築き上げた全て――富も、名声も、このポート・ソレイユという街そのものも、根こそぎ奪い尽くすために、闇ギルド「奈落の口」を作り上げたのだという。


『奴は今、港で一番高い場所……中央広場の時計塔の最上階から、全てを見下ろしているはずさ』


オーバン氏は、その場に崩れ落ちそうになるのを、必死でこらえていた。

「カイン……。あの愚かな弟が……まさか、ここまでとは……」


全てのピースが、はまった。ギルが、なぜあれほど容易くオーバン氏に取り入ることができたのか。サンストーン商会の内部情報が、なぜあれほど筒抜けだったのか。全ては、カインによる、兄への復讐劇だったのだ。


私は、呆然とするオーバン氏の肩に、そっと手を置いた。


「オーバン様。これは、あなたの商会の、そしてあなたの一族の物語でもあります。決着は、あなた自身の手でつけるべきですわ」

「……だが、儂に何ができるというのだ」

「あなたは、この町の光の象徴として、戦後処理を最後までやり遂げてください。弟君が起こした闇を、兄であるあなたが光で浄化するのです。それが、あなたにできる最大の戦いですわ」


私の言葉に、オーバン氏は涙をこらえるように強く唇を噛みしめ、そして、決意の表情で頷いた。


私は、アレンとレオナルドに視線を送った。

「最後の仕事ですわよ。主犯を、捕らえに行きます」

「おう!」

「承知いたしました」


私たちは、セリーナとオーバン氏に後を託し、作戦司令室を後にした。

目指すは、町の中心に聳え立つ、巨大な時計塔。ポート・ソレイユの時を刻む、この町の象徴。そして今宵、最後の決戦の舞台となる場所だ。


時計塔の重厚な扉の前に、私たちは立った。

塔の上からは、眼下の混乱を、まるで神のように見下ろしている男の気配がする。


「なあイザベラ。今度の奴は、なんだか、これまでで一番、嫌な感じがするな」


アレンが、珍しく真剣な顔で言った。

「ええ。彼が振りまいているのは、純粋な悪意ではない。もっと歪で、拗れた……悲しい匂いですわ」


時計塔の最上階。

ステンドグラスの窓から月光が差し込むその部屋で、一人の痩せた男が、静かに眼下の光景を眺めていた。自分の計画が、音を立てて崩壊していく様を。

だが、その表情に焦りの色はない。むしろ、その唇には、自らの破滅すらも楽しんでいるかのような、不気味な笑みが浮かんでいた。


彼は、背後の扉が開く音を聞いても、振り返らなかった。


「……ようやく来たか。招かれざる、舞台の闖入者たちよ」


その声は、静かだが、狂気をはらんだ熱を帯びていた。


私たちの最後の戦いが、今、始まろうとしていた。

頂で待つのは、嫉妬に狂った、哀れな王だった。

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