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第18話:港の狂想曲

闇ギルド「奈落の口」の襲撃は、まるで堰を切った濁流のようだった。

港の暗がりという暗がりから、数百人規模の悪党たちが、鬨の声を上げて第3埠頭へと殺到する。毒が塗られた短剣を煌めかせる暗殺者、筋骨隆々の傭兵、不気味な呪文を唱えるはぐれ魔術師。ポート・ソレイユの全ての悪意が、この場所に集結したかのようだった。


「ひ、ひぃぃ! 敵襲だー!」


サイラスが演じる船長は、教科書通りの悲鳴を上げ、荷役人夫を装った兵士たちと共に、慌てふためきながら船へと逃げ込んでいく。その完璧な「獲物」の動きに、闇ギルドの構成員たちは、勝利を確信した。


「ヒャッハー! 財宝は俺たちのものだ!」

「船を奪え! 女子供は売り飛ばせ!」


下品な叫び声を上げながら、彼らは我先にと船へ、そして埠頭へと殺到する。彼らの目が、欲望に眩んだ、その瞬間だった。


『――幕を上げなさい』


作戦司令室から発せられた私の静かな号令が、魔道具を通して、港中に潜む全ての者たちへと届いた。


次の瞬間、世界は一変した。

埠頭を囲む倉庫の屋根や、物陰から、無数の矢が闇ギルドの頭上へと降り注ぐ。そして、退路となるはずだった全ての道が、盾を構えた二大商会の私兵と、町の衛兵たちによって、完全に封鎖された。


「な、なんだと!?」

「罠だ! 俺たちは、嵌められたんだ!」


闇ギルドの連中は、自分たちがいつの間にか、巨大な檻の中に閉じ込められていたことに気づき、騒然となる。港の入り口からは、ガシャン!という重い金属音と共に、巨大な防鎖が海面からせり上がり、船での脱出路すらも断ち切った。


完全に、袋の鼠だった。


「うろたえるな! こうなれば、こいつらを皆殺しにして、道を切り開くしかねえ!」


誰かが叫んだのを合図に、追い詰められた悪党たちは、やけくそになって反撃を開始した。埠頭は、一瞬にして剣と魔法、怒号と悲鳴が入り乱れる、大乱戦の場と化した。


「怯むな! 正義は我らにあり!」


オーバン氏が自ら前線に立ち、檄を飛ばす。セリーナもまた、冷静に指示を出し、統率の取れた連合軍は、数の上で勝る闇ギルドを相手に、一歩も引かずに善戦を繰り広げた。


「まだまだ! あなたは下がっていなさい!」


レオナルドが設けた救護所では、彼の治癒魔法の光が絶え間なく瞬いていた。次々と運び込まれる負傷兵が、瞬く間に回復し、再び戦線へと復帰していく。彼の存在が、連合軍に不死身にも近い継戦能力を与えていた。


だが、戦況が膠着しかけたその時、闇ギルドの陣形の中から、ひときわ巨大な影が現れた。


「どけぇい! 雑魚どもがぁ!」


身の丈3メートルはあろうかという、禍々しい黒鉄の重鎧をまとった狂戦士。その手には、巨大な両刃の戦斧が握られている。闇ギルド最強の戦闘員、コードネーム「ブルータル」。


彼の戦斧が一振りされるたび、連合軍の兵士たちが木の葉のように吹き飛ばされ、強固だった陣形が、いともたやすく切り裂かれていく。


「ははは! 雑魚が何人いようと、俺一人の敵じゃねえ!」


その時だった。

「お前が、ここのボスか? なんだか、すっげえ悪そうな匂いがするな!」


ブルータルの前に、一人の青年が、まるで散歩でもするかのような気軽さで立ちはだかった。言うまでもなく、アレンだ。


「ああん? どこのガキだ、死にた……てめえは、『無傷の王者』!」


ブルータルは、アレンの顔を見て、わずかに警戒の色を見せた。だが、それも一瞬。彼はすぐに下卑た笑みを浮かべ、戦斧を大きく振りかぶった。


「ちょうどいい! 闘技場の英雄様を血祭りにあげりゃあ、俺の名声もさらに上がるってもんだ!」


人間では到底避けられない速度と威力で、戦斧がアレンの頭上へと振り下ろされる。

しかし、アレンはそれを、こともなげに大剣の腹で受け止めた。キィン!という甲高い音だけが響き、彼は一歩も動いていない。


「……なっ!?」

「そんなもんか? じゃあ、こっちも、ちょっとだけ本気を出すぜ!」


アレンはそう言うと、大剣を軽く、本当に軽く振るった。

それは峰打ちだった。だが、彼の膂力から放たれる一撃は、もはや斬撃と何ら変わりはない。凄まじい衝撃波が、ブルータルを鎧ごと直撃し、彼は「ぐぶぉっ」という断末魔のような声を上げて、巨大な鉄塊のように宙を舞い、埠頭の隅に叩きつけられて戦闘不能となった。


その、あまりに圧倒的な光景に、戦場の全ての人間が、敵も味方も、一瞬だけ動きを止めた。


最強の切り札を、赤子のように捻り潰された闇ギルドの連中の顔から、急速に戦意が消えていく。彼らは、自分たちが絶対に勝てない相手に挑んでしまったことを、ようやく悟ったのだ。あちこちで、武器を捨てる音が響き始めた。


作戦司令室で、地図盤を見つめていた私は、静かに呟いた。


「第一幕は、上々の出来ですわね」


だが、私の視線は、投降する雑兵たちには向いていなかった。この大乱戦の中、いまだ姿を現さない、本当の敵の頭――闇ギルドのボスは、一体どこで、この茶番劇を眺めているのか。


「さあ、姿を現しなさい、闇の支配者。あなたのための舞台は、まだ終わっていませんわよ」


私の本当の戦いは、今、始まろうとしていた。

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