第17話:太陽と月のデュエット
ポート・ソレイユの二大商会が歴史的な同盟を結んだ日、クレセント商会の最上階に、臨時の作戦司令室が設置された。窓の外には活気あふれる港町が広がり、その光景は、これから我々が守るべきものの象徴のようだった。
司令室に集ったのは、この町の光と影、その双方を代表する者たちだ。
クレセント商会会頭セリーナ。サンストーン商会会頭オーバン。そして、わたくしの仲間である、アレン、レオナルド、名優サイラス、情報屋マリア。
「皆さん、お集まりいただき感謝しますわ」
私は、部屋の中央に広げられたポート・ソレイユの巨大な地図を前に、最終作戦の概要を説明し始めた。
「作戦名は、『太陽と月のデュエット』。サンストーン(太陽石)とクレセント(三日月)。二つの商会が奏でる反撃の調べです」
私の言葉に、オーバン氏とセリーナが、覚悟を決めた表情で頷く。
「敵の目的は、港の利権の乗っ取り。ならば、こちらから、彼らが最も欲しがるであろう、極上の『餌』を撒いて差し上げましょう」
私の計画は、こうだ。
二大商会が共同で、大陸の東方から莫大な価値を持つ交易船団を、今夜、秘密裏に迎える――という、偽の情報を流す。船団は、金銀財宝や希少な魔道具を満載している、という触れ込みで。
「この情報を、マリアさんのルートで意図的に『奈落の口』の耳に入れます。彼らにとって、この船団を襲うことは、私たちに大打撃を与え、同時に莫大な利益を得る、またとない好機。必ず、食いついてきますわ」
マリアが、パイプの煙をくゆらせながら頷いた。
「ああ、任せときな。奴らが涎を垂らして飛びついてくるような、極上の嘘を囁いてやるよ」
「そして、その襲撃に来たところを、一網打尽にするのです」
私は地図上の駒を動かしながら、各々の役割を指示していく。
「セリーナ様とオーバン様は、二つの商会の力を結集し、町の衛兵とも連携して、港に包囲網を敷いてください。兵士たちは物陰に潜ませ、敵を完全に引き込むまで、決して動いてはなりません」
「サイラスさん。あなたには、その交易船団の船長になりきっていただきます。港で堂々と振る舞い、偽情報の信憑性を高めてくださいまし」
「レオナルド。あなたは港の一角に、臨時の救護所を。あなたの存在が、味方の兵士たちの命綱となり、士気を高めます」
「そして、アレン」
私が名を呼ぶと、アレンが「おう!」と力強く返事をした。
「あなたは、この作戦における最大の切り札。闇ギルドのボス、あるいは最も手強い戦闘員が現れた時、それを叩くための遊撃部隊のリーダーです。あなたの力で、敵の頭を砕いていただきます」
「任せとけ! ボスだろうが何だろうが、悪い奴は俺がやっつける!」
それぞれの役割が定まり、ポート・ソレイユ全体が、静かに、そして迅速に動き始めた。
そして、夜。
作戦は、静かに始まった。
港の第3埠頭に、サンストーン商会が所有する最も美しい大型帆船が、ダミーとして停泊している。船や埠頭は美しくライトアップされ、まるで祭りのようだ。サイラスが演じる恰幅のいい船長は、上機嫌でタラップを降り、出迎えた商人たちと握手を交わしている。荷役人夫を装った屈強な兵士たちが、空の木箱を忙しなく運び、活気を演出していた。
全てが、完璧な舞台装置だった。
『――嬢ちゃん、食いついたよ』
作戦司令室にいる私の持つ魔道具に、マリアからの連絡が入った。
『奈落の口の連中が、動き出した。今夜、港に総力を挙げての襲撃を仕掛けるつもりだ。思った以上の大軍団だよ。気をつけな』
その報告に、司令室に緊張が走る。
私は地図盤を見つめ、港の闇に紛れて徐々に集結してくる、敵の駒の位置を冷静に分析していた。その数は、確かにこちらの予想を上回っている。だが、問題はない。
(数が多ければ多いほど、一度に叩き潰せる。好都合ですわ)
港全体が、嵐の前の静けさのような、張り詰めた空気に包まれる。隠れ潜む兵士たちの息遣い、波が岸壁を打つ音、そして、闇の中で蠢く敵の気配。
私は、その全てを感じながら、静かにその時を待っていた。
遠く、闇ギルドのアジトと思われる方角で、一人の男が、集結した部下たちを見渡し、冷酷に言い放った。
「――時間だ。始めろ。港にあるもの全て、我々のものだ。抵抗する者は、一人残らず消せ」
その号令を合図に、ポート・ソレイユの闇が、一斉に動き出した。
私は、地図盤の上に立つ、自軍の女王の駒を、そっと指でなぞった。
「さあ、いらっしゃい、闇の住人たち。あなた方のための、最後の宴の始まりですわ」
今宵、この港町で、血の流れない革命ではなく、悪を根絶やしにするための、本当の戦いが始まる。




