第113話:悪役令嬢と勇者と、幸福な結末と
丘の上の我が家で、私たちは、さらに、いくつもの、穏やかな、歳月を、重ねた。
年に一度、開かれる、私たちの、収穫祭は、今や、大陸中の、友人たちが、その、再会を、喜び合う、かけがえのない、祝祭となっていた。
その日もまた、我が家の、庭には、懐かしい、顔ぶれが、集っていた。
賢王として、国を、見事に、治める、アーサー陛下は、今や、愛する、王妃と、可愛らしい、王子を、連れている。
星屑の谷の、エララは、師である、ライラを、超える、最高の、織り手となり、空飛ぶ少年、レオは、誰も、見たことのない、新大陸の、地図を、誇らしげに、広げていた。
商人同盟の、フィンも、ドワーフの、ボリンも、皆、年を、重ね、そして、その、顔には、深い、幸福の、皺が、刻まれている。
私たちの、家は、もはや、ただの、家ではない。
この、平和な、時代を、築き上げた、全ての、人々の、魂が、帰るべき、温かい、故郷そのものだった。
宴が、一段落し、夕日が、アイアンロックの、谷を、黄金色に、染める頃。
一人の、少女が、私の、元へと、駆け寄ってきた。
母親譲りの、黒い、髪と、父親譲りの、太陽の、笑顔を、持つ、私の、愛しい、娘。
その、小さな、手には、一冊の、立派な、装丁の、本が、抱えられている。
「おかあさま」
彼女は、甘えるように、私に、ねだった。
「また、読んで、くださいます? わたくしが、一番、好きな、物語」
その、本の、表紙には、美しい、字体で、こう、記されていた。
『――悪役令嬢と勇者』
かつて、私が、未来へと、綴った、私たちの、物語。それは、今や、この国の、子供たちが、誰もが、知っている、一番、人気の、おとぎ話となっていた。
私は、微笑み、頷いた。
その夜、暖炉の、火が、ぱちぱちと、穏やかに、爆ぜる、居間で。
私は、マスター・ヴァレンの、椅子に、深く、腰掛け、私の、膝の上には、娘が、そして、その、足元には、息子が、静かに、座っている。
私の、肩を、アレンが、大きな、腕で、優しく、抱きしめる。
レオナルドが、温かい、ミルクを、淹れて、私たちの、傍らで、穏やかに、微笑んでいる。
窓の外からは、友人たちの、楽しげな、笑い声が、心地よい、BGMのように、聞こえてくる。
私は、その、愛おしい、時間の、中で、ゆっくりと、本の、最初の、ページを、開いた。
そして、穏やかに、読み聞かせを、始める。
私の、声で、紡がれる、私自身の、物語を。
「むかし、むかし。ある、遠い、王国に。一人の、悪役令嬢と、呼ばれた、女が、おりました……」
私は、物語を、読みながら、そっと、顔を、上げた。
目の前には、愛する、子供たちの、輝く、瞳。
隣には、絶対的な、愛と、信頼を、くれる、夫の、温もり。
そして、この、家を、満たす、かけがえのない、友人たちの、気配。
かつて、憎しみと、孤独に、満ちていた、私の、物語が、今、こんなにも、温かく、そして、幸福な、おとぎ話として、未来へと、語り継がれていく。
これ以上の、結末が、あるだろうか。
いや、ない。
私は、眠りについた、娘の、柔らかな、髪を、そっと、撫でた。
アレンが、私の、額に、優しい、キスを、落とす。
「……いい、物語だな」
「ええ。本当に」
私は、彼の、胸に、そっと、寄り添い、囁いた。
「そして、何よりも、素晴らしいのは……」
「この、物語の、主人公たちが、その後も、ずっと、ずっと、幸せに、暮らしました、という、結末ですわね」
悪役令嬢の、物語は、終わった。
だが、彼女の、幸福な、人生は、愛する、人々と共に、この先も、永遠に、続いていく。




