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第112話:そして、物語は日常になる

丘の上の、我が家で、私たちが、夫婦として、暮らし始めてから、十年という、歳月が、流れた。

星の鉄の、食卓には、数えきれない、笑顔の、記憶が、刻まれ、私の、庭は、大陸中の、珍しい、植物が、咲き誇る、楽園となっていた。


私たちの、生活は、穏やかな、日常の、繰り返し。

だが、それこそが、私たちが、何よりも、望んだ、宝物だった。


レオナルドの、「慈愛と美食の神学校」は、今や、大陸で、最も、尊敬される、教育機関の一つとなっていた。彼の、元からは、ただ、博識なだけではない、人々の、心と、胃袋を、救うことのできる、心優しき、聖職者たちが、次々と、巣立っていった。


アレンの、「アイアンロック少年団」も、町の、立派な、伝統となっていた。かつての、教え子たちは、今や、町の、未来を、担う、頼もしい、若者へと、成長している。そして、アレンは、今も、変わらず、新しい、世代の、子供たちに、強さとは、何か、優しさとは、何かを、その、大きな、背中で、教え続けていた。


そして、私は。

「丘の上の賢者」として、今日も、ささやかな、相談事に、耳を、傾ける。

私の、元には、今や、町の人々だけでなく、アルビオンの、アーサー陛下や、ポート・ソレイユの、セリーナたちからも、国の、運営に関する、助言を、求める、手紙が、定期的に、届いていた。

私の、知恵は、もはや、私一人のものではなく、この、平和な、世界を、支える、ささやかな、礎の、一つとなっていた。


その日の、午後。

私の、書斎に、二人の、小さな、嵐が、駆け込んできた。

父親譲りの、黄金の、髪と、母親譲りの、賢しげな、瞳を、持つ、元気な、男の子。

母親譲りの、黒い、髪と、父親譲りの、太陽の、笑顔を、持つ、可憐な、女の子。

私と、アレンの、間に、生まれた、かけがえのない、宝物。


「母様! 今日は、父様から、新しい、剣の、型を、教えてもらったんだ!」

「おかあさま! お庭に、新しい、お花が、咲いていましたわ!」


子供たちの、屈託のない、笑顔と、報告。

それこそが、私の、日常。

私の、幸福。


その夜、子供たちが、眠りについた後、私は、アレンと、二人、バルコニーから、星空を、見上げていた。

私たちの、指には、変わらず、星の鉄の、指輪が、静かな、輝きを、放っている。


「……早いもんだな。もう、十年か」


アレンが、しみじみと、呟く。


「ええ。本当に」

「なあ、イザベラ。時々、思い出すか? 魔王のこととか、レガリアのこととか、勇者だった、昔のこと」

「ええ、時々」


私は、静かに、答えた。


「まるで、誰か、別の、人の、物語を、読むように、思い返しますわ。わたくしの、現実は、もう、あそこには、ありませんから」


私は、続ける。


「わたくしの、現実は、ここに。子供たちを、寝かしつけ、庭の、薔薇が、霜に、やられないか、心配し、レオナルドの、新作スープの、味見を、すること。……この、穏やかな、日常こそが、わたくしの、人生の、全てですわ」


その、言葉に、アレンは、心の底から、幸せそうに、笑い、私を、そっと、その腕に、抱き寄せた。


「俺も、そっちの、物語の方が、ずっと、好きだぜ」

「ええ。わたくしも、ですわ」


壮大な、冒険譚は、終わった。

激しい、情熱は、深く、穏やかな、愛へと、その姿を、変えた。

英雄は、父となり、賢者は、母となった。


これこそが、悪役令嬢が、その、人生の、全てを賭けて、手に入れた、本当の、ハッピーエンド。

それは、劇的な、結末ではない。

ただ、どこまでも、続く、温かく、そして、幸福な、日常、そのものだった。

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