第11話:商業都市と二つの太陽
鉱山町アイアンロックを後にしてから、二週間。
私たちは、自由都市連邦ガレリアでも五指に入ると言われる、巨大な港町「ポート・ソレイユ」に到着していた。潮の香りと活気が混じり合い、世界中から集まったであろう帆船のマストが、まるで森のように林立している。
「すっげえ……! 町が、海に浮いてるみたいだ!」
「なんと……。これは美食の香り……いえ、様々な文化の香りがしますねぇ」
初めて見る雄大な光景に、アレンとレオナルドが子供のようにはしゃいでいる。私もまた、その圧倒的なスケールとエネルギーに、内心では胸を高鳴らせていた。私の故郷であるアルビオン王国の王都でさえ、この町の活気には及ばないだろう。
私たちは、アイアンロックで得た莫大な報酬を元手に、町の中心にある最高級の宿に部屋を取った。これまでの旅とは違う、豪勢な滞在だ。
「まずは休息と、装備の刷新。それから、今後のための情報収集ですわ」
私がそう告げると、アレンとレオナルドは早速、それぞれの目的のために町へと繰り出していった。アレンは「腕自慢が集まる」という闘技場へ。レオナルドは「あらゆる美味が集う」という市場のレストラン街へ。本当に、行動原理が分かりやすい男たちだ。
一人残った私は、今後の計画を練っていた。アイアンロックの協同組合とは、顧問として定期的に連絡を取り、彼らが産出する『魔力鉄鉱』の独占販売代理人となる契約を結んでいる。このポート・ソレイユの巨大な市場は、その販路を開拓するのに、またとない舞台だった。
私が商人ギルドへ挨拶に向かうと、そこで驚くべき事実を知ることになる。
「あなたが、あのイリス殿ですか! お噂はかねがね! アイアンロックを蘇らせたという、伝説のコンサルタントにこうしてお会いできるとは!」
ギルドの幹部は、私の姿を見るなり、そう言って深々と頭を下げたのだ。どうやら、私たちの噂は、行商人たちの口コミによって、すでにこの大都市にまで届いているらしい。おかげで、話は驚くほどスムーズに進んだ。私が『魔力鉄鉱』の独占代理人であると知ると、多くの商会が、我先にと取引を求めてきた。
(これは、都合がいい……)
予想以上の好条件に、私はほくそ笑む。悪役令嬢としての悪評は地の底だったが、商人イリスとしての名声は、今やうなぎのぼりだ。
だが、町の情報を集めるうちに、この華やかな商業都市が抱える、根深い問題も見えてきた。
ポート・ソレイユの商業は、二つの巨大商会によって牛耳られているという。一つは、古くからこの町に根を張る老舗「サンストーン商会」。もう一つは、ここ数年で急激に勢力を伸ばしてきた新興の「クレセント商会」。
両者は町の利権を巡って激しく対立しており、その煽りを受けて、ゴロツキによる嫌がらせや破壊工作といった、物騒な事件が多発しているらしい。特に、新興のクレセント商会は、かなり強引な手法でサンストーン商会の顧客を奪っていると噂されていた。
そんな中、数日ぶりに宿に帰ってきたアレンとレオナルドも、それぞれ妙な形で町に馴染んでいた。
「イザベラ、聞いてくれよ! 俺、闘技場で優勝したんだけど、『無傷の王者』とか『手加減の勇者』とか、変な名前で呼ばれるんだ!」
アレンは、相手を一切傷つけずに場外へ放り出すという勝ち方を続けた結果、その強さと優しさ(?)が、逆に不気味がられて奇妙な人気者になっていた。
「わたくしの方は、富裕層から高額での治療依頼が殺到しまして。ですが、美食こそがわたくしの使命。全てお断りし、庶民向けの施療院で食事の提供を条件に奉仕活動をしておりましたら、いつのまにか『腹ペコの聖者』と呼ばれるように……。不本意です」
レオナルドもまた、その卓越した治癒能力と凄まじい食欲のギャップで、一部の市民から神格化されつつあった。
どうやら、この一行はどこへ行っても目立ってしまう運命らしい。
そんなある日、私が魔力鉄鉱の取引交渉のために訪れていた商人ギルドの一室に、一人の女性が訪ねてきた。
「あなたが、イリス様ですね?」
現れたのは、月光を思わせる銀の髪を持つ、凛とした美貌の女性だった。歳は私と同じくらいだろうか。その瞳には、強い意志と知性が宿っている。
「わたくしは、クレセント商会の会頭を務めております、セリーナと申します」
彼女こそ、今、飛ぶ鳥を落とす勢いの新興商会のトップだった。セリーナは、私の知略の噂を聞きつけ、ぜひ自分の商会の専属コンサルタントになってほしいと、破格の条件でスカウトしてきたのだ。
「あなたのその知恵があれば、私たちはサンストーン商会を完全に打ち負かし、この町を掌握できます」
「お断りします」
私は間髪入れずに答えた。
「わたくしは、誰かのためではなく、自分のビジネスのために動いておりますので」
私の返事に、セリーナは残念そうに、しかしどこか面白そうに微笑んだ。
「……そうですか。ですが、覚えておいてください。私たちは、噂されているような、汚い手を使う商会ではございません」
彼女がそう言い残して去っていった、その日の夜だった。
町の中心部から、大きな火の手が上がった。
火元は、サンストーン商会が所有する、最も重要な商品の保管倉庫だった。幸い、アレンが闘技場から駆けつけ、その超人的な力で延焼を防いだが、倉庫は全焼。被害は甚大だ。
そして、現場からは、クレセント商会の紋章が入った松明が見つかったという。
両商会の対立は、ついに一線を越えた。町は一触即発の、きな臭い空気に包まれる。誰もが、クレセント商会による卑劣な破壊工作だと信じて疑わなかった。
その翌日。私の元に、セリーナが血相を変えて訪ねてきた。
「イリス様! お願いです! これは罠です! 私たちはやっていません!」
彼女は、私の前に深々と頭を下げた。
「このままでは、私たちは全てを失い、この町はサンストーン商会の独裁下に置かれてしまいます。どうか、あなたのその知恵で、私たちの無実を証明し、この町を覆う闇を払っていただけませんか」
その必死の訴えを聞きながら、私は確信していた。
これは、単なる商会同士の潰し合いではない。この事件の裏には、もっと狡猾で、巨大な悪意が潜んでいる。
「……いいでしょう。その依頼、お受けします」
私は静かに答えた。商業戦争、上等だ。
悪役令嬢の頭脳が、この金の匂いと欲望が渦巻く港町で、再びその真価を発揮する時が来たのだ。




