第109話:王の婚礼と、最後の問い
丘の上の我が家で、私たちは、いくつもの、穏やかな、歳月を、重ねた。
レオナルドの神学校からは、新しい、世代の、心優しき、神官たちが、巣立っていく。アレンの、少年団の、卒業生たちは、今や、町の、頼れる、若者として、その、中心を、担っている。
私の、小さな、庭も、今では、大陸中から、取り寄せた、珍しい、ハーブが、咲き誇る、壮麗な、植物園の、ようになっていた。
私たちの、幸福は、あの日の、約束通り、永遠に、続くかのように、思われた。
そんな、ある日のこと。
一機の、壮麗な、王家の、飛空艇が、アイアンロックの、空に、現れた。
そこから、降りてきたのは、もはや、憂国の、王子ではない。賢王として、民衆から、絶大な、信頼を、集める、若き、国王、アーサー陛下、その人だった。
彼は、問題ではなく、一つの、喜ばしい、報せを、携えて、はるばる、私たちを、訪ねてきてくれたのだ。
その夜、私たちの、星の鉄の、食卓で、アーサー陛下は、少し、照れくさそうに、打ち明けた。
彼は、近々、結婚するのだという。相手は、国の、再建を、共に、支えてくれた、賢明な、侯爵令嬢。
そして、彼は、その、婚礼の、儀に、私たち、三人を、最も、大切な、賓客として、招待したいのだと、そのために、自ら、ここまで、足を、運んだのだと、告げた。
それは、私の、故郷との、完全な、和解。そして、悪役令嬢が、友人として、王の、祝福の、席に、招かれるという、何よりも、幸福な、招待状だった。
宴の後、私は、アーサー陛下と、二人、月明かりの、庭を、散策していた。
彼は、遠くで、レオナルドと、楽しそうに、笑い合う、アレンの、姿を、見つめ、静かに、言った。
「彼は、幸せそうですな。貴女も」
「ええ。陛下のおかげですわ」
「人々は、彼の、物語を、千年先まで、語り継ぐでしょう。世界を、救った、勇者として。そして、貴女のことも。その、勇者を、導いた、偉大なる、賢者として。……ですが」
彼は、私に、向き直り、穏やかに、尋ねた。
「歴史書には、残らない、貴女自身の、物語は? それは、これから、どう、なっていくのですか?」
その、問いに、私は、ハッとした。
私たちの、関係。アレンと、私。
それは、もはや、勇者と、参謀ではない。家族であり、誰よりも、お互いを、理解し合う、魂の、半身。
だが、私たちは、その、関係に、まだ、名前を、つけていなかった。
あの、収穫祭の夜の、「永遠に」という、約束。
その、約束を、形にする、最後の、一歩を、私たちは、踏み出せずにいたのだ。
アーサー陛下が、帰った後。
その夜、私は、アレンと、二人、暖炉の、前で、静かな、時間を、過ごしていた。
いつもと、同じ、穏やかな、沈黙。だが、今夜は、その、沈黙が、一つの、答えを、待っているかのように、感じられた。
「……イザベラ? どうしたんだ、また、難しい、顔してるぞ」
アレンが、心配そうに、私の、顔を、覗き込む。
私は、彼を、見つめた。
私の、勇者。私の、錨。私の、守護者。
そして、私が、この世界で、ただ一人、心の底から、愛する、男。
もう、迷いは、なかった。
神々や、世界の、運命さえも、変えてみせたのだ。
この、ささやかな、個人の、幸福への、一歩が、踏み出せない、はずがない。
「アレン」
私は、静かに、しかし、はっきりと、告げた。
「この、我が家を、完成させるために、まだ、一つだけ、足りないものが、ございますの」
アレンは、きょとんとした、顔で、首を、傾げる。
その、愛しい、顔に、私は、人生で、最高の、そして、おそらくは、最も、不器用な、笑顔を、向けて、最後の、問いを、投げかけた。
私の、本当の、物語を、始めるための、問いを。




