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第105話:賢者の庭と、過去への最後の答え

アレンが、未来の英雄を育てる「師」として。

レオナルドが、魂と胃袋を救う「聖者」として。

私の、かけがえのない仲間たちが、それぞれ、新しい、大きな未来へと、歩みを進める、その傍らで。

私の、関心は、日に日に、より、ささやかで、そして、個人的なものへと、移っていっていた。

丘の上の、我が家の、裏庭に、私が、作り始めた、小さな、ハーブ園。それこそが、今の、私の、世界の、全てだった。


土を、耕し、種を、蒔き、水を、やる。

私の、知識は、もはや、国を、動かすためではない。それぞれの、ハーブが、最も、心地よく、育つための、日当たりや、水の量を、計算するために、使われる。

この、ささやかな、庭を、美しく、豊かな、場所に、育て上げること。

それは、かつて、荒れ果てていた、私自身の、心を、もう一度、耕し直す、作業にも、似ていた。


そんな、穏やかな、秋の日の、午後。

その、庭に、一人の、客人が、訪れた。

アルビオン王国の、摂政宮、アーサー殿下。

彼は、お忍びで、たった一人、はるばる、この、山間の、町まで、足を、運んでくれたのだ。


「……見事な、ものだな」


彼は、私の、小さな、庭を見て、感嘆したように、言った。


「私は、貴女に、王宮と、王国の、権力を、差し出そうとした。だが、貴女は、それよりも、遥かに、豊かで、美しい、王国を、ご自身の、手で、ここに、お作りになられたようだ」


私たちは、庭の、小さな、テーブルで、お茶を、飲んだ。

彼は、私に、アルビオンの、順調な、復興の、様子を、語ってくれた。私の、両親が、穏やかな、隠居生活を、送り、そして、丘の上の、賢者となった、娘のことを、何よりも、誇りに、思っている、ということも。


そして、彼は、ずっと、その、胸に、あったであろう、一つの、問いを、私に、投げかけた。


「イザベラ嬢。……失礼を、承知で、お聞きする。貴女は、今でも、私の、愚かな、兄や……リリアーナ嬢を、憎んで、おられるか?」


それは、私の、魂の、最後の、棘。

私自身も、気づかぬふりを、していた、最後の、問いだった。

私は、土に、汚れた、自分の、両手を、見つめた。

断頭台の、上で、感じた、全てを、焼き尽くすかのような、憎悪の、炎。

だが。

私は、今の、自分の、心を、満たしている、温かい、感情を、思った。

アレンの、太陽のような、笑顔。

レオナルドの、優しい、気遣い。

この、穏やかな、日差し。土の、匂い。


私は、顔を上げ、アーサー殿下に、心の底から、微笑んで、見せた。


「憎しみ、ですって? 正直に、申しますと」


私の声は、自分でも、驚くほど、穏やかだった。


「彼らのことなど、すっかり、忘れておりましたわ」

「……え?」

「憎しみとは、エネルギーを、必要とします。常に、過去を、振り返り続けなければ、その、炎は、燃え上がらない。ですが、今の、わたくしの、人生は、未来に、そして、今、この、瞬間に、ありますもの。この、庭に。この、家に。わたくしの、愛する、家族と、共に」


私は、言葉を、続けた。


「彼らを、許したわけでは、ありません。許しとは、彼らの、行いが、免罪されることを、意味しますから。彼らの、罪は、決して、消えない。……ですが、もう、どうでも、よいのです。彼らの、存在は、もはや、わたくしの、幸福とは、何の関係も、ありませんから。わたくしの、過去は、もう、わたくしを、縛ることは、できないのです」


それこそが、私の、手に入れた、最後の、そして、最大の、勝利だった。

復讐でも、許しでもない。

絶対的な、そして、幸福な、「無関心」という名の、魂の、解放。


その夜、アーサー殿下を、交え、私たちは、温かい、夕食を、共にした。

彼が、帰った後。

私は、一人、自分の、庭を、眺めていた。

そこには、ドワーフの、都の、近くで、見つけた、逞しい、山の、ハーブが。南の、職人の街で、分けてもらった、芳しい、花の、種が。そして、西の、大陸の、名もなき、島で、見つけた、不思議な、光る、苔が、共に、根を、下ろし、育っている。

私の、過去は、消え去ったのではない。

それは、この、新しい、人生を、育むための、豊かな、土壌となったのだ。


アレンと、レオナルドが、それぞれの、天職を、見つけたように。

私もまた、見つけたのだ。

誰のためでもない、私自身の、幸福を、この手で、育んでいくという、ささやかで、しかし、何よりも、尊い、生きる、意味を。

悪役令嬢の、物語は、完全に、その、幕を、下ろした。

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