第100話:旅の終わり、我が家への最後の帰路
眠れる巨人の地を、後にし、私たちは、ホープウィング号の、船首を、まっすぐに、アイアンロックへと、向けた。
これが、私たちの、最後の、旅路。
船内には、穏やかで、そして、どこか、厳粛な、空気が、流れていた。
レオナルドは、キッチンで、静かに、これまでの、旅で、書き留めてきた、膨大な、レシピ帳を、整理している。
「丘の上の、我が家で、開く、最初の、晩餐会では、どの、料理を、振る舞うべきか……。ううむ、悩みますな」
彼の、巡礼は、終わり、ここからは、丘の上の、料理長としての、新しい、人生が、始まるのだ。
アレンは、甲板で、木の剣に、丁寧に、油を、塗っていた。それは、もはや、魔物と、戦うための、武器ではない。アイアンロックの、子供たちに、剣術を、教えるための、優しい、道具。彼の、役目もまた、世界を、救う、勇者から、未来を、育てる、師へと、その姿を、変えたのだ。
そして私は、自らの、旅日記の、最後の、ページを、開いていた。
そこには、かつて、生き残るための、策略や、国の、情勢が、びっしりと、書き込まれていた。だが、今は、違う。
私は、その、白紙の、ページに、一本の、ペンで、私たちの、丘の上の、家の、庭に、作る、小さな、ハーブ園の、設計図を、描き始めた。
私の、知恵もまた、誰かを、打ち負かすための、武器から、ささやかな、日常を、彩るための、道具へと、その、役割を、終えようとしていた。
私たちは、夜が、更けるまで、語り合った。
船室に、飾られた、数々の、宝物。その、一つ一つが、私たちの、旅の、記憶を、呼び覚ます。
沈黙の森で、手に入れた、椅子のこと。星屑の谷で、織られた、タペストリーの、こと。ドワーフの都で、過ごした、熱い、日々のこと。
私たちは、笑い合い、時には、あの日の、苦難を、懐かしみ、そして、自分たちが、どれほど、遠くまで、来たのかを、改めて、噛みしめていた。
何日も、何日も、飛び続け、やがて、私たちの、目の前に、懐かしい、山脈が、その姿を、現した。
アイアンロック。
私たちの、故郷。
丘の上には、私たちの、家が、窓に、温かい、灯りを、灯して、静かに、私たちを、待っていた。ゲルドさんたちが、私たちの、帰りを、信じて、毎日、火を、灯し続けて、くれていたのだろう。
その、光景を、目にした時、私の、胸に、熱い、何かが、込み上げてきた。
私は、ホープウィング号を、丘の上の、格納庫へと、ゆっくりと、そして、丁寧に、着陸させた。
そして、全ての、エンジンを、停止する。
私たちの、新しい、人生の、全てと、共にあった、古代の、船の、優しい、駆動音が、ふっと、止まり、完全な、静寂が、訪れた。
その、静寂は、何よりも、雄弁に、私たちに、告げていた。
旅は、終わったのだ、と。
私たちは、しばらく、その、静寂の中で、ただ、お互いの、顔を、見つめ合っていた。
やがて、アレンが、少し、寂しそうに、そして、それ以上に、嬉しそうに、笑って、言った。
「……帰ってきたな」
「ええ。晩餐の、準備が、待っていますな」
レオナルドも、穏やかに、微笑む。
私は、家の、窓から、漏れる、温かい、光を、見つめた。
「ええ」
私の、声は、幸せに、震えていた。
「帰ってきましたわ。……もう、どこへも、行かないために」
私たちは、静かになった、飛空艇の、タラップを、ゆっくりと、降りた。
冒険の、物語を、その翼の、中に、残して。
そして、私たちの、永遠の、我が家の、扉へと、向かって、歩き出したのだ。




