砂浜の怪奇
夏休み。私達は親戚に会うために沖縄に来ていた。
「姉ちゃん!海なんて初めてだね!」
今年8歳になる弟が大はしゃぎしている。まぁ海のない県に住んでいるのだから、仕方ないだろう。せっかく海に来れたんだ弟も自由に遊んでいたいだろう。そう思って私は、暫くの間弟を放し飼いにしていた。
日が傾き始めた頃、私は弟の姿が見えないことに気付いた。
「翔琉!そろそろ帰るよ!」
、、、返事がない。まさか海に流されてしまったのだろうか。そんな、、、私のせいだ。私がちゃんと翔琉の面倒を見ていなかったから。涙があふれる。前が見えない。震える手で母に電話をかける。
「母さんッ゙翔琉がッ゙ッ翔琉がいないのッ゙ -」
呼吸がままならない。泣きすぎて頭がくらくらする。
「落ち着いて、今からそこに行くから。一つだけ言うことを聞いてくれるかしら。」
母が冷静になだめてくれる。
「・・・うん、わかった。どうすればいい?」
少しの沈黙のあと母が答える。
「そこでは絶対にいなくなった人間の名前を4回以上呼んではいけない。理由は合流したときに教えてあげるから、そこで待っててね。」
名前を呼んではいけない?待って、私、今、何回翔琉の名前、呼んだ?もし、4回以上呼んでいたら?もう弟は帰ってこないかもしれない。そんなの嫌だ。私のたった一人の弟なのに、、、落ち着いていた涙がまた零れ落ちそうになる。だめだ泣いている場合じゃない。少しでも弟を探そう。
私が弟を探して浜辺を歩き回っていると洞穴が目に入った。なぜだろう私はあそこにいかなきゃいけない気がする。ナニカに呼ばれている?
おぼつかない足取りで洞穴へ向かう。白い、アレは、鳥居?手のひらに乗るほどの大きさしかないソレは何故か私の目を引いた。
『♪〜♫♪ ♪〜 ♪〜♪〜〜 ♫』
鳥居の中から美しい音が聞こえる。もしあちら側へ行けたら、、、ずぅっとこの歌を聞いていられる?思考がおかしい。まるで何かに操られているかのように、鳥居を潜ろうとする自分がいる。どう見ても入ることは出来ないのに。弟を探さないといけないのに。混乱する頭とは裏腹に私の手は一直線に鳥居へと向かう。
指先が鳥居に触れると、私は意識を失った。
しばらくすると目が覚め、周りを見渡してみるとそこはまるで海の中を想像させるような深い碧に包まれていた。
「綺麗」
息をするように自然に口からこぼれた言葉。ここはあの鳥居の中なのだろうか。先程まで居た、海辺と全くおなじに見える。違うのは色だけ?私は緩やかな思考とともに不思議な海辺を歩いて回った。
あぁ、あそこは鳥居のある洞穴だ。もう一度行ってみよう。
そうしてフラフラと洞穴まで向かうと、なんとそこに弟が倒れているではないか。
「翔琉!起きて!!」
急に思考がクリアになり。私は翔琉をゆすりながら、はち切れんばかりの剣幕で叫んだ。
「・・・お姉ちゃん?、、、」
やった、目を覚ました。
「良かった、、、本当に良かった」
また、涙がこぼれ始める。よかった。私の弟が居なくならなくて、、、
それにしても先程から翔琉の体温を感じない。倒れ込んでいた地面からも、翔琉本人からも。いや、体温を感じないというより、冷たい?まるで先程まで水中に居たかのような冷たさだ。とりあえず早く温めてあげないと。そのために早く、もと居た普通の海に帰らねば。
そう思い、鳥居を探すと元の世界と同じ場所に、今度は黒い鳥居が立っていた。
「翔琉、あの鳥居の先へ、一緒に帰ろう?」
そう言うと翔琉は震え始めた。
「どうしたの?翔琉?」
返事がない。また意識を失ってしまったのだろうか。とりあえず帰ろう。そう思い鳥居に触れようとすると、背後からあの美しい歌が聞こえてきた。
『♪〜 ♫〜♫ ♪〜♫♪ 〜〜♪〜♪ ♪〜 〜〜〜〜』
なんだか懐かしいような温かい気持ちになっていると誰かが私に話しかけてきた。
『深波、そこをくぐってしまえばお前の弟は息絶えてしまうよ』
何故私の名前を知っているのだろうか、、、眼の前の女性に懐かしさを覚える。なんだろうか、何かを忘れている?いやそんなことよりも翔琉が息絶える?
「どういうことですか」
『ついておいで。少し話をしよう』
彼女はそれだけ言うと洞穴の更に奥へと進んでいった。
私は慌てて翔琉を背負い、彼女のあとに続いた。
洞穴の奥は彼女の住処のようだった。家、というよりかは巣に近いものだ。岩肌にサンゴや貝殻が飾られていて、美しい。巣の真ん中には小さな湖のようなものがある。彼女はその中に入るとこちらを向いて言った。
『ここは人魚が住む世界。お前の弟は人魚になってしまったのだよ』
彼女がそう言い終わるや否や彼女は姿を変え、美しい鰭をもつ人魚になった。
私があまりの美しさに呆けていると背中から声がした。翔琉だ。
「翔琉!大丈夫?」
「?』
『やめなさい深波。もうその子もほとんど私と同じようなものだ』
彼女はそう言うと人魚について説明し始めた。彼女が言うには私達人間が想像する人魚は海人と言って別世界に住むモンスターらしい。そして人魚とは海人に気に入られた子どもが姿形を変えられ眷属化したものを指すという。幸い翔琉を気に入ったという海人は、翔琉の名を3回しか聞いていないため、その海人の眷属にはなっていない。しかし、すでに翔の体は人魚にはなってしまっているという。
「そんなの、もうどうしようもないじゃない!」
「〜〜?』
私の怒号に翔琉がなにか音を発した。
『〜♪ ♫ 〜♫〜 〜〜〜 ♫〜♪ 〜♪〜♫ ♫ 〜〜』
「〜〜〜〜 ♫ 〜♫♪〜 ♪〜♪〜♪』
彼女は美しい顔で翔琉になにかいうとこちらをまっすぐと見つめて言った。
『深波。翔琉に打つ手がないのであれば、お前が変わればよいではないか』
「えっそれってどういう、、、、、、」
『カケル、ハヤク。マザーニオコラレテシマウ』
『まってよねえさん、、、』
「速報です。
8月10日 沖縄県の海岸で高校生と小学生の姉弟が行方不明となっています。
現在 自衛隊、警察ともに捜索にあたっています。」