弾込めよりも条文を読め
「発砲回数の上限は、各校一週間につき三十発まで――これは教育委員会の指導要領に明記されている事項です」
木製の演壇で、白衣を着た男子生徒が静かに話した。
細縁眼鏡の奥で、目は冷たく笑っている。
「ところが、紫陽高校の防衛部は先週、明らかに四十五発を使用している。映像、証拠、記録……すべて揃っております」
会議室にざわめきが走る。
ここは市立防衛指導協議会。市内の武装高校が一堂に集い、「校内武力使用の妥当性」について協議する、年に一度の公式行事である。
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「証拠映像を提出します。再生どうぞ」
モニターに映ったのは、前話での黒嶺高校戦の様子。
発煙弾、威嚇射撃、照明弾――その数を冷徹にカウントする字幕が、無機質に流れる。
「……三十三、三十四、三十五発目。……三十六……」
静かに再生が終わると同時に、沈黙が落ちた。
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「これが……我々“稜翔館高校 法制部”の実力です」
にこりと笑う男子生徒――名前は榊環。稜翔館法制部の首席補佐であり、武力行使の“合法性”を武器に戦う、法の悪魔だ。
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一方、紫陽高校側の出席者は、カイ・福田・生徒会副会長の緒方。
榊が畳み掛ける。
「防衛とはいえ、規定数を超えた発砲は明確な“越権行為”。しかも未申告の火薬使用まで加味すれば、紫陽高校の防衛部は自治権の一時停止対象となるべきです」
カイが目を伏せる。
撃っていない。すべては防衛、そして撃たせる戦術だった。
だが、発砲数という数値だけが、法の天秤にかけられる。
“正義”より“条文”。
それが稜翔館の戦場だった。
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福田がそっと手を挙げる。
「質問いいですか?……火薬の“未申告使用”って、何のことです?」
榊が涼しい顔で答える。
「君たちの開発した“フクロウくん”。そのカウンターイグナイターには、火薬0.01gが使われています。校則では“火薬0.005g以上は発火物扱い”ですから、校内持ち込み禁止ですよね?」
福田の顔から血の気が引く。
カイが言った。
「……つまり、これは戦闘じゃない。処分戦争だってことか」
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その瞬間、カイのスマホが震えた。
表示されたのは《弁護団リーダー:古川》。
音声メッセージを再生すると、低くて朗々とした声が流れた。
《“正当防衛”は回数で測るもんじゃない。“明確な危険”があったかどうかだ。お前のところの記録を解析して送った。使え》
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福田がすぐにホログラフを投影した。
「こちらが“黒嶺戦”当日の周辺空域の映像です。敵の弾道予測、火薬残存量、音響測定による火蓋の発火数。発砲のうち十発は……榊さんの方で数えていない、敵側の先制射撃ですね」
ざわめきが広がる。
榊の笑顔が崩れる。
「それは……あなたたちが改ざんした可能性も……」
緒方がすかさず言い返す。
「証拠提出の順番、忘れたの?そっちが先に出した動画に、ちゃんと音入ってるよ。十発分、ね」
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榊は沈黙した。
だが――その目は笑っていた。
「なるほど。では次は、“防衛線の設置基準違反”で来週伺います」
福田が呆れたように笑う。
「まさか条文で戦争されるとはね……」
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会議室を出たあと、カイは空を見上げた。
「法もまた、武器になる。……ならば、俺たちも学ばなきゃならない」
その言葉に、誰も返さなかった。
だが、防衛部全員が同じ決意を持って歩き出していた。