戦列、動く
「文化祭期間中の戦闘行為は、原則禁止されているはずだ!」
怒鳴り声を上げたのは、生徒会副会長の緒方だった。
しかしその言葉をあざ笑うように、南門から響いたのは、足音だった。
ドン、ドン、ドン、ドン……
重い、規則正しい、音。
リズムは狂わない。数百の靴が同時に地面を踏みしめている。
「まさか、これが……!」
福田瑞希が屋上から望遠鏡で南門を覗いた。
そして、そこに現れたのは――
迷彩でも防弾チョッキでもない。
整然と並んだ“青い制服の隊列”。
一斉に前進しながら、銃口を斜め上に構えている。
「黒嶺武芸高等学校 戦列戦術科……!」
⸻
黒嶺高校。かつて武道専門学校だったこの高校は、火縄銃合法化以降、旧式火器戦術の体系化を進め、「戦列歩兵戦術」を全国で唯一正式カリキュラムとして採用していた。
彼らは一人ひとりが精密に訓練された“人間兵器”。
隊列を乱さず、前進しながら火縄銃を交互に発砲する――
18世紀のフランスかと思わせる、異様な光景が紫陽高校に迫る。
⸻
「紫陽高校に告ぐ!」
拡声器で響く低い男の声。
黒嶺高校の隊長、猿渡曹一郎だった。
「貴校の南側に放置されていた“自動偵察機”が我が校の空域を侵犯した。これは明確な敵対行為と認め、我らはこれを“武力による中立解除”とする!」
福田が青ざめる。
「……嘘でしょ……フクロウくんがちょっと迷って飛んだだけなのに……」
星野が火縄銃を構える。
「どうする、カイ。……撃つ?」
カイは、文化祭の会場を振り返った。
屋台の前で笑っている生徒たち。
吹奏楽部がチューニングを始めている。
――その背後に、戦列が迫っている。
「撃てない。ここは市教委の視察が入ってる」
「じゃあ、撃たせるってことだな?」
⸻
その時、福田が小さな発煙弾を手に取った。
「私に時間をちょうだい。彼らの“戦列”は美しい。でも、それは混乱に弱いはず」
福田は屋上から、目印となる風向計を読み取ると、指を鳴らした。
「星野、3分だけ暴れて!」
星野はニヤッと笑って叫んだ。
「了解!暴れて、逃げるぞー!!」
⸻
南門前、黒嶺高校の一斉射撃準備が完了したその瞬間。
パアアアン!
地面から立ち上る煙幕、破裂する発煙弾、そして、散らばる紫陽の生徒たち。
戦列は混乱した。
なぜなら、黒嶺の戦列歩兵戦術は――
「敵が静止している」ことを前提としていたのだ。
目標が動く。隊列は前進しながら狙いが狂う。
射角がずれる。誰が撃ち、誰が装填するかが分からなくなる。
そのわずかな混乱の間に、紫陽高校の防衛部は横合いから出現し、**狙撃ではなく“銃口での威嚇”**で黒嶺の中央列を押さえた。
⸻
猿渡が歯を食いしばる。
「汚い……!!伝統を、愚弄するか!」
カイは静かに火縄銃の火蓋に指を置いた。
「伝統は守るものじゃない。活かすものだよ。
あんたらの“美しい戦列”――その中に、“負け方”は教わらなかったか?」
⸻
黒嶺高校の撤退は、静かだった。
後退しながらも列を崩さないその姿に、少しの敬意が紫陽の生徒の中に生まれていた。
文化祭は続行された。戦いは、誰も撃たずに終わった。
しかし――
福田は手帳に、黒嶺高校の名を記した。
「これで、敵は三つめ」




