砲の均衡
紫陽高校の“守砲”が一発の威嚇で神明館学園を退けた翌週、全国の防衛部に衝撃が走った。
――ついに、砲の時代が始まったのだ。
各校はこぞって砲の導入を検討。装備業者が長蛇の列をなす中、教育委員会からは通知が下りた。
「前装式砲の使用に関し、各校は事前申請・監査報告を義務とすること」
つまり、今後砲を撃つには“正当性”がより厳密に求められることになる。
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一方、紫陽高校では“砲の扱い”に関して部内で議論が沸騰していた。
「なあ、マジでこれからも“警告射撃だけ”で済むと思ってるのか?」
福田が不満そうに言った。
「いずれどこかのバカが“実弾”で先に撃ってくる。こっちがそれでも威嚇だけにこだわってたら、死人が出るぞ」
その意見に何人かが頷いた。
だが、カイは静かに反論する。
「それでも、うちは“先に撃たない”。撃たせる。——それが真の戦術だ」
マナが言葉を引き継ぐ。
「敵が砲を持ってても、それが“撃てない状況”を作るのがカイのやり方。今までそうやって勝ってきたじゃん」
「……でもさ、抑止力として“撃つ覚悟”だけは持っておかないと、均衡なんて成り立たないだろ?」
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その「均衡」が試される事件は、思ったより早く訪れる。
北関東の強豪・緋影高校が、武器商社から12ポンド砲を3門導入。武装した防衛部が半径1km圏内の高校に対し、「安全保障」を名目に圧力をかけ始めた。
紫陽高校の情報班がその動きを察知。
「これ、演習って建前だけど、事実上の“威嚇占領”だろ」
「放っておくと、緋影の砲が“前例”になる。うちの“守砲”の理念がかき消されるよ」
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カイは判断を下した。
「行くぞ。砲は積まず、火縄銃のみ。目的は“撃たずに砲を止める”。これができなきゃうちの理念は瓦解する」
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緋影高校・敷地外縁。
紫陽高校の部員たちは、草むらを低く進んでいた。
「敵の砲門、東・南・西の三方向に展開。各門に砲手2名、装填兵1名……」
マナが双眼鏡越しに報告する。
「発射角、仰角10度。多分、次の演習は“威嚇を超える”ぞ。これ、マジで撃つ気だよ」
「こっちは火縄だけだぞ。どう止めるんだ、カイ」
福田の問いに、カイは地図を広げて言った。
「砲の問題は、撃たれる前じゃない。“撃った後に撃てなくなる”状況を作ること。撃たせて、そこを突く」
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作戦開始から3時間後。
緋影高校防衛部は、南門の林に向けて空包射撃を行った。直後、北側の第2砲門が突如停止。
「……撃鉄が抜かれている!? 部品が盗まれてる!?」
混乱する中、次々と後方の火薬庫で爆竹の音が鳴り響く。偽の発火音だった。
紫陽高校の奇襲班が、砲兵の背後に“音と影”だけを落としていた。
「な、なんだこれ……もう撃てない、周囲に敵が潜んでる……!」
ついに、緋影高校は“砲を持ちながら撃てない”状態に陥った。
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2日後、緋影高校は自ら砲を返上し、再教育措置を受け入れた。
紫陽高校の勝利だった。
だが、その戦果に誰も笑わなかった。
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夕暮れの校舎裏で、マナが言った。
「次は本当に、どっかのバカが“砲で殺す”かもね」
「その時、うちの砲が“守るために撃つ”日が来るかもしれない」
カイは空を見上げて呟いた。
「でも、今日じゃない。まだ撃たなくて済んだ。それだけでいいんだよ」
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砲の均衡は保たれた。
だが、その均衡は、いつか誰かの引き金で崩れる。
その瞬間に備え、紫陽高校の“守砲”は、今日も静かに眠っていた。




