7話
「スタンピン伯爵令嬢、私からもお願いします」
突然給仕擬きにお茶のお代わりを注いでくれた騎士様が、私に頭を下げ始めました。
⋯⋯この方何方?
正直私は興味のある方は一瞬の絵姿でも覚えられますが、全く興味が持てない方は長く一緒にいても覚えられない(覚えない)のです。
記憶にないこの方は私の興味外の方なのでしょう。
困った私は宰相を見上げました。
すると宰相まで困った顔をしています、でもその前に「はっ」としてらしたので知らない方ではないようですが⋯⋯。
「ホリシオン様、小奴は⋯私の次男です。その⋯ホリシオン様とは顔馴染みと伺っておりましたので⋯当惑しました」
「「えっ?」」
私と宰相の次男は声が揃いましたの。
顔馴染み?何処で?いつ?
私は全く記憶にございませんわ。
「そ、そんな!スタンピン伯爵令嬢!良く王立図書館で会っているではありませんか!」
「図書館?」
私は彼の言葉で図書館を思い浮かべます。
歴史が好きな私は学園の放課後、よく王立図書館まで足を運びます。
貴重な資料と本は貸出禁止なので出向いて読むしか術はありません。
それにもうすぐ留学が控えてましたので、少しだけその資料を写してもいたのです。
留学先で調べて照らし合わそうと思っていたので。
ですからここ3ヶ月は通い詰めでした。
⋯⋯そういえば、私が図書館に行くと本を持ってきてくださる方⋯ではないですね。
ええっとあっ!帰り際に疲れたでしょうと飴をくれる方⋯でもない。
お水を⋯⋯あっ違う。
わかりません、貴方は何方?
もう直で聞きましょう!
「申し訳ありません、思い出せませんの。どちら様ですか?そして図書館ではどの様に会っていたのでしょうか?」
「そっそんなぁ⋯」
彼は項垂れて仕舞われました。
ですが私も覚えていないものは覚えてないのですから、大変失礼ですけどね。
「貴方が図書室の椅子に腰掛ける時、椅子を引いていた者です」
「⋯⋯⋯⋯えっ?私の侍女ではなく、貴方が引いていたのですか?」
「⋯はい、侍女殿はその間に本の手配がありましたので頼まれました」
「なんと!それは存じませんでしたわ。座ったら振り向きませんので気付けませんでした」
「ブハッ!」
またまた美女のお下品な噴き出しですわ、下品に見えないのが憎らしいですが。
王妃様、先程剣呑な顔をされてましたがご機嫌治ったのかしら?だったら宰相様の次男様に感謝ですわね。
あのまま、機嫌が悪いままでは話し合いも出来かねるところでしたわ。
「改めましてホリシオン・スタンピンですわ」
「⋯⋯セドリック・ケトナーです。父はご存知の通りこの国の宰相ですが、私は騎士団に所属しております」
私が自己紹介をしながら少しだけ頭を下げて挨拶をしました。
その際、親愛を込める意味で握手を求めて右手を出させて頂いたのですが、ケトナー卿は困惑したようです。
ですが握手してくださいました。
知らぬこととはいえ使用人でもないのに、私の椅子を引かせていたなんて申し訳ないことをしてしまいました。
挨拶の際、立ち上がっていた私へ再び座るように宰相より促されて着席しました。
ケトナー卿はその際も椅子を引いてくださったので思わず笑みが溢れてしまって、王妃の目が丸くなるという珍妙な顔を見れたのは「よっしゃあ」的に胸の内でガッツポーズしたいところです。
「そのメモは初め私に届いたのです、というか私のポケットにいつの間にか入っていました」
騎士のポケットにいつの間にか?
本当に?
用心深いはずの騎士のポケットにメモを忍ばせるなんて、それだけで背筋がピンと張る気がしました。