4話
「私の知ってる事はここ迄でございます」
締め括った途端に、笑いを堪えていた宰相は気を取り直したように再び「ん」と咳払いをした。
「わかり易くお話し頂きありがとうございます」
「いえどういたしまして」
手を振りながら労いに応える私にまたまた姉様は「ブッ」と笑いだす。
一国の王妃の笑い方ではございませんことよ姉様。
とってもご下品⋯ではなかった、彼女はそんな事をしても美しく気高い。
美女と言うのは兎角羨ましい生き物だ。
何をしても何をしなくても美しいのだから。
そんな私の心の内など関せずに宰相は続きを嘖嘖と説明し始めた。
「なるほど概ね正解ではあります。ただ本来であるならばお家乗っ取りなどとはならなかったのですよ」
「どういうことでしょう」
「当主が亡くなり後継者が幼い場合、その兄弟が家督を譲られることも珍しくはないのです、本来ならば」
「本来ではなかったということですか?」
そう宰相に問いかけて、言われてみればそうだと私は思い至った。
サッセルン侯爵が亡くなった時、彼の息子は幼い10歳の子供だった。
到底家督を継ぐことは難しい、であるならば侯爵の兄が継ぐのも何ら問題は無かった筈だ、それなのに後援?というのも可怪しい、代理人ですらなかったのだろうか?
「前々サッセルン侯爵が、家督を弟殿の方に譲られる時、現サッセルン侯爵は生まれたばかりでした。その際に王家に提出する襲名書に次代の後継まで記されていたのです。それを王家も受理していました」
なるほど!
やっとこのお家騒動の背景が分かった。
私はポンと膝を叩く真似をついしてしまったのだけど、宰相の後ろで侍従がまた体を震わせていた。
弟のサッセルン侯爵が亡くなった時、兄である子爵は自分が晴れて侯爵にと考えたのだろう。
だけどそれは父親に依って阻まれていた。
どんなに望んでも侯爵になるのは無理だったのだろう。
「ではひょっとして代理も違う方ですか?」
それは王妃と宰相は揃って頷いた。
前々侯爵夫人の父であったという、ただ子爵にとって都合が良かったのは数年前から彼が病弱だったという事だ。
前々侯爵夫人もその看病に追われサッセルン侯爵家に、なかなか目が行き届くことがなかったそうだ。
その間に子爵にかなり好きにされていたらしい。
やっと目を向けた時、サッセルン侯爵は孤独な少年だったという。
かなりの精神的虐待も受けていて、夫人はその姿に後悔で泣き崩れたという。
夫人にしてみれば子爵も自分の子であるから、少しは信じていたのかもしれない。
夫人の心中を思うと胸が詰まる。
「私がこの国に来た時は、まだ王太子の婚約者であった。母国と違う風習に慣れる為、輿入れよりも少し早めにこの国にやってきたのだ。全くというほど違うわけではなかった。だが社交界と云うのは幾ら未来の王太子妃であっても品定めは常だ。右も左も分からぬ私を支えたのは、未来の王太子妃というプライドと王太子様からの愛だけだった」
姉様、もとい王妃が突然惚気を披露し始めたのだけど私は突っ込んでいいのか分からずに困惑した。
「それでもかなり辛かった。毎夜枕を濡らしたものだ。それはもうビショビショに。だけどそんな折手を差し伸べてくれた方がいた。それが前々サッセルン侯爵夫人だった。彼女は私の教育係を引き受けてくれた。数多の毒花達、王太子の側室狙いの令嬢や隣国の公爵家の娘と侮っている輩達からしっかりと守ってくれた。戦う術も教えてもらった」
なるほど義理堅い王妃の話が少しだけ見えてきた。
だけど⋯まだ腑に落ちない。
「夫人が今わの際に私が見舞うと畏れ多いが一つだけ願いがあると、サッセルン侯爵を頼むと言われた」
王妃はその時を思い出したのかハンカチで目尻を抑えた。
(えっ?姉様が泣いてる、嘘っ!初めて見たかも)
私は王妃の涙を初めて目の当たりにして動揺していた。
「だからお前、嫁にいけ!」
いや意味わからないんですけど?
どうしてどうなってそうなったの?姉様⋯。