36話
「フォルク様は彼女達に自分が何を言ったか、何を約束したかを覚えていらっしゃらないと仰いましたよね?」
「あっあぁ」
未だに面食らったような表情を浮かべながらもフォルク様は私の話を聞く姿勢は持っていらっしゃるようで⋯よしよしまだ行けそうです。
いつ別人格に変わってしまうのか!などとヒヤヒヤしながらも私は話し続けます。
「でしたら、もう全て無かったことにしてしまいましょう!」
「えっ?」
「フォルク様はしっかりと教育を受けていらっしゃいますか?」
「すまない⋯それもよく分からない」
「私が初めてお会いした時は郷田花様でしたので所作は酷かったです、それで教師をここに派遣して再度の教育を受けて頂いたのですが、徐々に綺麗になっていきました。その会得するスピードがとても早かったのです。そして今、フォルク様はきちんとされています。ということはしっかりと教育を受けていてちゃんと体は覚えているということです、郷田花様は異世界からお越しになっていたので、最初は全くわからずにおそらくこれじゃないか?位の適当な感じでしていたけれど、教育を受けたら体が覚えていたから、直ぐに身についたのだと私は結論づけました」
一気に捲し立てますとフォルク様はそれでも「うんうん」という風に頷きながら聞き入ってくださいました。
よしあと一息!
「で、この事から考えるに正真正銘貴族のフォルク様が、平民を気にする事はないということです。本来なら人としてはどうかと思う考えではございますけど、相手の要求が大きすぎます。侯爵に平民が約束でしょう!と詰め寄り婚姻を強制する行為は頂けません。だって約束したのかもしれませんがそれはフォルク様ではないからです」
「拒否するのは無責任ではないだろうか?」
「これが例えば仕事をくれると言ったとか、の場合でしたら叶えて差し上げるのも吝かではありませんが、身分違いの婚姻は侯爵というフォルク様の身分をも貶めてしまうので、彼女達の話を鵜呑みにするのはどうかと私は考えます。あとですね、これは郷田花様が仰っていたんですけど」
「?」
「彼女は私と初めてお会いしたとき、所謂初顔合わせですわね。その時に自分には心に決めた人がいると仰ったのですが、それは虚偽でした」
「虚偽?」
「はい、虚偽というよりも、そうですねぇ定番と仰っていました」
「定番とは?」
「彼女はこの世界を“どおわ”だと言ってました、どうやら彼女の説明に拠れば、子供向けの物語とか小説のようですね」
「⋯⋯そんな馬鹿な」
「まぁそうなりますわよね」
私も初めて聞いたときそう思いましたもの『そんな馬鹿な』と。
でも彼女の話が本当ならと考えたほうが楽なのです。意味が分からないほど信じられない事が起きたなら、楽観的に考えたほうがいいように思いました。
私がそう説明しますとフォルク様は黙って頷いてくれました。
「だからですね!」
私はここが一番言いたかったので決めつけるように言い放って、フォルク様をしかと見つめながら言い切りました。
「その約束とやらももし本当であるならば、きっとフォルク様の中に入った方のフォルク様への忖度ではないかと考えますの」
「忖度~~」
今のはケトナー卿の言葉です。フォルク様は唖然とされて言葉を発しておりません。
「そうです、定番かはわかりませんが、郷田花様のようにフォルク様に良かれと思って約束したのではないでしょうか?中に入った方がこの世界の事を直ぐに理解するのはどうやら難しいみたいです。フォルク様が気が付かれた時のように、彼らもまた初めはよくわからないままでいるのです。そんな時に見た目は綺麗だったり、可愛かったりした女人が迫ってきたりしたらどう思いますか?」
「きっと侯爵の好きな人に違いないと思うかも」
またもや、返事は後ろから聞こえてきました。ケトナー卿、おだまり!
ですが、フォルク様はケトナー卿の言葉に反応されました。
そして腕組みをして下を向いてしまいました。
待つこと数分、顔を上げたフォルク様の表情は晴れやかでした。それを見てわたしは何故か頬が熱くなりました、と同時にまたもや別人格か憑依か?と慄きもしました。
「そうだな、それなら気にする必要はないかもしれないな」
私の望む答えをとうとうフォルク様は言ってくださいました。
(よしっ!)
私は自分の考えがフォルク様に伝わり、心の中は満足感でいっぱいで思わず拳を握りましたの。
「それではフォルク様、ここに一筆認めましょう」
私の提案にフォルク様は「えっ!何故だ?」と仰いましたが、今までのお話理解しておりますか?と言いたいわ。
「フォルク様、今は正真正銘フォルク様ですわよね?フォルク・サッセルン侯爵でお間違いないですか?」
「あっあぁ」
「でしたらこれから後、喩えフォルク様の中に別人格が入り込んだとしても、その方が良からぬ相手に丸め込まれようとも、そしてその後記憶のないフォルク様が迷って間違いを起こさないように、私との取り決めは全て書面として残したほうが得策です。私との約束を優先するとしたほうがいいのではないですか?」
「そうだな、そうだ」
フォルク様は手を打って笑顔で喜んでおりますが、その喜び方がよくわかりませんけれど、いいでしょう、わかってくださいましたから。
でもフォルク様、もし私のほうがお家乗っ取りを企んでいたとしたら、チョロいですわよ?全く疑わないのですから。
まぁ今そんな疑惑を持たれては困りますけれど⋯。私は王妃のご命令を遂行しなければならないのですから。
早く諸々解決して立派なサッセルン侯爵になっていただかなければ!
決意も新たに私はフォルク様と書類を作成致しました。
これが私達夫婦の初めての共同作業でした。




