29話
「ちょっとお待ちになって、フォルク様」
一言言って扉を閉めようとするフォルク様を私は呼び止めた。
何か言わなきゃやってられないと頭の片隅に思ってはいたけれど、呼び止めたのはそんなことではなかった。
この家での私の立ち位置を明確にしたかったのだ。
初手が大事、もう既に転け掛けてはいるけれど、まだまだ挽回は可能なはず。
フォルク様は不機嫌そうに此方を振り向いて「何だ、寝なくていいのか?」と言った。
⋯⋯⋯寝なくていいのか?
⋯⋯寝なくていいのか?
⋯寝なくていいのか⋯⋯寝なくていいのか?!
如何して初夜にそんな言葉が出てくるの!!
「何を仰ってるんですか?まぁ微睡んではいましたけれど先程の大声で目も覚めましたし」
「あっ!すまなかった。五月蝿かったのだな」
「⋯⋯⋯?」
「ゆっくり休んでくれ疲れ「何を仰ってるんですか?」ているん⋯⋯えっ?」
フォルク様の言動が何か可怪しいことに途中で気付いた私は彼の言葉を止めるべく口を挟んだ。
「何って⋯⋯具合が悪いんだろう。さっきも嚔が⋯風邪でもひいたのではないのか?」
「そうですわね、こんな格好をさせられて何時間も放置されれば風邪も引くでしょう」
そう言って掛布から這い出て薄っすら付いていた灯りを大きくした。
薄暗かった部屋が明るくなる。
「なっ!えっ?君そんな格好で」
「そんな格好も何も、侍女たちから着せられましたから。それに本日はこのような格好が可笑しいと思う日でも有りませんわよね」
「だが、君は式で具合が悪くなったからと⋯⋯」
「それは何方が?」
「⋯⋯⋯⋯確かめてくる」
そう言ってまたまた部屋を出ようとするフォルク様。
「はぁ〜〜〜〜〜また放置ですか」
私の言葉にフォルク様はビクッとして立ち止まった。
「⋯⋯嘘なのか?」
「そうでしょうね、私はピンピンしておりますもの。フォルク様には沢山聞きたいことが有りますが、今までは何方にいらっしゃったの?」
「⋯⋯執務室で仕事をしていた、そろそろ休もうと思って部屋に帰る所だったんだ。そうしたら廊下に侍女がいて扉に耳を当てていたから」
はぁ何て徹底した嫌がらせでしょうか!
初夜に新妻が夫に放置され泣いているのを確かめるためにしていたのだろう。
性格わるっ!
思わず溜息を吐いてフォルク様を見上げると、彼は所在なげに立っていた。
「何故態々辞めさせた使用人を呼び戻したのですか?あぁその前にメイナの説明をしていただけますか?」
結婚前にそれとなく何度か聞いてみたけれど、フォルク様はその都度話を変えて誤魔化していた。
私も問題を後回しにしたのだからお互い様だけど結婚したのならば聞く必要がある。
実を言うと私とケトナー卿はフォルク様が帰国してからメイナ以外のことでは、私にとって悪い人ではなかったから“ゴウダハル様”探しの方に重きを置いていたのだ。
でも此方が先立ったかも⋯⋯。
今更ながら反省です。
私とフォルク様は部屋のソファに対面で座り話し合うことにした。
よく考えてみたらフォルク様とは真剣に婚姻について話したことがなかったことに気付く。
私がフォルク様を蔑ろにしていたのかしら?
フォルク様の目をジッと見つめる。
不意に彼は目を反らして「あまり見ないでくれ、恥ずかしい」と言う。
そして反らしたまま言った彼の言葉はよく分からなかった。
「私はメイナと結婚の約束をしていたらしいんだ」
らしい⋯⋯とは?