26話
サッセルン侯爵家から、ミナリーや彼女の言いなりの使用人達を追い出すのに然程時間はかからなかった。
何故か⋯⋯だって彼女は平民ですから。
元々罪人の娘であるのだからフォルク様が『出ていけ』と一言言えば終わる話だったのです。
ミナリーがサッセルン侯爵家に居る事が出来たのはフォルク様の恩情に過ぎません。
何を如何勘違いしたのかは分からない、ひょっとしたらゴウダハル様に憑依前のフォルク様に、ミナリーへの恋情若しくは何かしらの思いがあったのかもしれない。
だけど今現在彼は彼女なので、ゴウダハル様が嫌だと言えばその通りになるのです。
新しい使用人達の人選はスタンピン伯爵に任せました。
ゴウダハル様も満足してくださって「やっと息ができる〜」と仰っています。
そんなに窮屈な日々を過ごしていたのかと思うと少し心が痛みます。
もしや、フォルク様もそう思っていたのかしら?
婚約者になる前のフォルク様を私は知らないので、彼の思いは解りかねますが、まぁミナリーを邸に住まわせたのは彼なので、辛い思いをしていても自業自得なのかしら?
メイナの件も気になりますが、ゴウダハル様になってるフォルク様の気持ちは分からないので、メイナは一旦放置する事にしました。
諸々、ゴウダハル様になってしまったサッセルン侯爵であるフォルク様の身辺が落ち着いた所で、私達はお約束のシセマイン王国へ行くことにしました。
先ずは先行して私が留学します。
フォルク様はお父様との共同事業の件で、そちらが落ち着いてから来られることになっています。
子供の頃から夢見ていたシセマイン王国の古代遺跡の研究。
結局は婚約の騒動で2ヶ月しか期間はありませんが、それでもいいのです。
それだけでもいいのです。
だって私には古代文字を読めるゴウダハル様が付いているのです!
私はシセマイン王家に身を寄せフォルク様が来られるのを今か今かと待ちました。
◇◇◇
「貴方がホーリーの婚約者ですか、よろしくお願いします」
私の従兄になるシセマイン王国の王太子ルディック様が、遅れて到着されたフォルク様に握手を求めます。
実は、シセマイン王国の古代遺跡の研究チームの長を王太子様が担っているのです。
「初めましてシセマイン王国の王太子様にご挨拶申し上げます」
そう言ってフォルク様は正式な礼を以て挨拶されています。
その後、握手の手が宙に浮いた形になってしまっていた王太子様の右手を、自然な形で握りしめ見事に握手を交わしました。
短期間でその所作を熟せるようになったフォルク様、いえゴウダハル様の努力が伺えます。
細かく聞いたところ派遣された教師に注意された点を直して行くうちに、自然と所作が矯正というより元に戻る感覚があったそうです。
ひょっとしたらゴウダハル様が憑依する前のフォルク様はちゃんと高位貴族の所作を学んでいらしたのかもしれません。
それから私達は他の研究チームのメンバーと共に、王家に保管している石版の部屋へ移動しました。
数ある石版達を一つ一つ見ながらフォルク様ことゴウダハル様は感嘆の声を上げていました。
「うっそ!」
「えっ!まさかぁ」
「キャァァァァほんとに?」
姿形はフォルク様なのに言葉がゴウダハル様でダダ漏れしてしまっています。
私は慌てて彼(彼女)を肘で突きました。
「あっ!私としたことが⋯失礼、興奮しすぎてしまったようだ」
普段はアルトな声を無理してバリトンまで下げようと、必死に声色を変える努力をされるゴウダハル様が、何だかとっても可愛らしく見えてきました。
すると一瞬私の目にゴウダハル様が女性の姿になった気がしたのです。
思わず瞬きを何度か繰り返したら目の前にいるのは相変わらずフォルク様で、気のせいだったとホッとしました。
「これは“薬はありません”と書かれています」
「“とうもろこしはありません”何これ?」
「“右手に見えるのは塔です、左手には”で割れてますね」
フォルク様によって次々に解明される古代文字なのですが、内容が全く良くわからないものでした。
ただ文字の羅列を読んでくださるので研究チームは、必死にメモを取っています。
今後の参考にしようと思っているのでしょう。
それを見ていたフォルク様が、説明の途中で紙とペンを使って文字の表を作成してくれました。
とても分かりやすく書かれた表により今後の古代文字の解明に役立ちそうです。
「ただ、ここで表にしたのは平仮名とカタカナだけなのです、この文字達には漢字というものもあって、それは表にするのは難しのです。何故なら多すぎて表にするのは無理なのです。辞書というものが必要になります」
古代文字には3種類あるようです。
それが合わさって出来ている石版もあるらしく、古代文字の奥深さに益々私は興奮と感動を覚えました。
そうこうしているうちに一番大きな石版の前へと皆が立ちます。
それを目の前にしたフォルク様は一言
「へぇ~」と仰いました。
王太子様が先程作って頂いた表を見ながらフォルク様に訊ねました。
「けゴマの前の文字が、先程仰った漢字ですか?」
「凄いです王太子様、早速表を活用して下さったのですね。仰る通りその前の文字は漢字です。ここには“開けゴマ”と書かれてい⋯⋯えっ?」
そういった途端辺りが白い光を放ちました。
皆が眩しさに思わず目を閉じてしまいました。
暫くして恐る恐る目を開くとフォルク様が頭を抱えて蹲っていたのです。
私は直ぐ様駆け寄り彼の前に跪きました。
「フォルク様大丈夫ですか?」
すると彼は抱えていた頭をスッと上げ私を見ると
「君は⋯⋯⋯⋯誰だ?」
苦しそうに仰いました。