25話
私はその後、サッセルン侯爵(ゴウダハル様)のご厚意で彼の家の客室で目覚めました。
心配するお父様を何とか上手く宥め誤魔化し追い出して、私とケトナー卿は、サッセルン侯爵こと郷田花様の話の続きを聞きました。
一旦気絶して落ち着いたのか、その後はパニックに堕ちることもなくスムーズな流れで聞けたのは、やはり元々豪胆な娘だったからかもしれません。
要約すると、彼女はある日目覚めたらサッセルン侯爵となっていて、周りの状況もわからぬまま日々をダラダラと過ごしていたそうです。
邸の中もミナリーによってそうなっていたようで、彼の味方は居なかったそうです。
だからこそ初めは自分の事を侯爵とは思わなかったといいます。
そのうちに王宮に呼び出され私ホリシオンとの婚約を王妃命で賜り、スタンピン伯爵家から教師が派遣されてきて、やっと家の異常事態に目を向ける事ができたそうです。
ただ、ゴウダハル様曰く自分の立ち位置というか存在が通常の物とは異なる存在であると言い出しました。
「あのね、普通というかイセカイテンセイやテンイって前世の記憶だったり、元居た世界の体毎此方に来たりするものだと思うのね」
思うのね、と言われても私には答えることができません。
その怪奇現象の存在自体知らないのですから。
「私の中に元の人格のような呟きを偶に聞くの、というか聞こえるの。だからこれって憑依だと思うのよ私」
またもや彼女は頬に手を当てて言いますが、その姿は何度見ても慣れませんので正直止めて欲しいです。
「憑依ですか?」
「うん、私の異世界転生した体が何処かにあって、何故かわからないけどこの人の体の中に入り込んじゃったのでは?って考えたの。だって私紛れもなく女だもん。この人男でしょ、毎回トイレに行く度にゲンナリするのよ。私こう見えて前の世界では21歳だったの、でもね生まれた年イコール彼氏いない歴だからさ。免疫ないのにトイレで見ちゃって、もう目のやり場に困ったわよ!」
「ん、んんん、んっ」
ハル様の話にケトナー卿が矢鱈と咳払いを繰り返しますが、私は15の時に簡単な閨教育は受けています。
男性と女性の体の仕組みが違う事を学んでいましたので、ハル様のお話は理解できました。
でも実際に見てはいませんのでハル様のお気持ちまでは理解できませんの。
そんなに違う物なのかしら?
因みにトイレがご不浄(花摘)というのも教えて頂きました。
「ハル様、彼氏とは?婚約者の事でしょうか?」
「う〜ん結果そうなる人もいるけどぉ。恋人って事かな」
「なるほど、なるほど」
「教師の人達にホリシオンさんのお母さんが元王女様って聞いて、やっと誰に相談すればいいのか希望が見えたのよ!まぁその時にやっとこの世界が童話だって言うのも気付いたんだけどね」
「左様でしたか、で、相談というのは?それと初めてのお顔合わせの時に心に決めた方と言われていましたが、それは?」
「あぁごめんなさい、あの時はまだどんな状況かも分からなくて、異世界転生といえば婚約破棄だったから、取り敢えず言いそうなことを言ってみたわ。そんな人居ないと思うのよね、この人。だって家にいるあのミナリーって人、この人を手下のように使っているし」
「ええっ!それは追い出せないのですか?」
「えっ?追い出していいの?追い出していいなら本気で家の中の人全員追い出したいのよ!でもそれしちゃったら駄目なのかと思ってなぁんにも出来なかったの。実は相談ってそれなのよ」
「そうでしたか、それでしたら取り敢えずミナリーは追い出しましょう。彼女を追い出す時に使用人の選別もして足らない人手はお父様に頼んで、我が家から此方に回しましょうね」
あの初顔合わせの言葉は適当に仰っていたのですね。
だから辿々しく言っていたのだと思い至りました。
「ありがとう!助かる〜。それとね、私ほんとにこの体から早く出たいんだけど。いつ出れるかも何処に出るのかも分からないのよね。だけど私の体は男だけど精神は女だから、結婚してもこのままなら流石に体の関係は無理だと思うの。その点はいいかしら?」
「それは閨をともにしないと言うことでしょうか?」
「うん、しないというより出来ないの、ごめんね。こういうのって何ていうのかな。そうそう白い結婚っていうの」
「あぁそれは存じております。なるほどそれは致し方ないかと思いますから、大丈夫です。あの!ハル様!私から一つだけお願いがありますの」
「なぁに?色々と手伝って貰うんだから私に出来ることなら何でもするわよ!」
「実は私と一緒に一度シセマイン王国へ行って貰えませんか?」
私はシセマイン王国で発見された石版達をハル様に読んでもらおうとお願いしてみました。
丁度留学もする事だし、ハル様は表向き私の婚約者ですから、同行する事に誰も変に思う事もありません。
私は逸る気持ちを押さえながら希望を伝えました。
「旅行?行きたい!じゃあ家の事が片付いたら一緒に行こうね」
ハル様は握り拳の親指だけを立てて私の方へと向けました。
顎を上にしゃくりながら私を見ています。
そのうちに痺れを切らして私の手を取り先程のハル様と同じ手の形をさせられました。
そうしてお互いの親指通しをくっつけて彼女(彼)は
「よっしゃぁ〜〜〜!成立ぅ」
と雄叫びを上げたのでした。