18話
「こんなに近くに居たんですね」
白を基調とした壁紙には透かすように薔薇の模様が描かれている、家具もベージュが中心だ。
お母様の執務室はいつ来ても落ち着く。
一見すれば地味とも言える白とベージュだけど、所々に置かれた品のある小物で部屋がグレードアップして華やかに見えるのが不思議。
これがセンス?
ガサツな私には皆無な物かもしれない。
真っ白のソファに座った私は、対面に座るケトナー卿へと調査書を手渡した。
『メイナ・ルビン』
ソニアに名を聞いてすぐ様彼女を調査した。
驚いたことにルビン子爵家は10年前に弟夫婦に代替わりをしていて、メイナ達家族は平民へと身を窶していた。
そして現在メイナが働いているのが騎士団だった。
そこで彼女は洗濯メイドとして働いていた。
それを知って私の謎が一つ解けた。
用心深い騎士のポケットにメモを忍ばせるならうってつけの職業だ。
「この女性とサッセルン侯爵の関係は?」
「ソニアによると子供の頃は親しかったみたい、まだ彼女に話を聞いていないから詳しい事は解らないのよ。でもメモを忍ばせたのは彼女と考えて間違いないと思っているわ」
「そうですね」
ケトナー卿は私の言葉に相槌を打った。
私と侯爵の婚約から一月が経過している、その間にお父様の手配により侯爵家には連日教師が訪っている。
父も時折顔を覗かせていて、いい機会だからと新事業を展開させようと話を持ちかけているようだった。
私はというと⋯⋯あれ以来侯爵には会っていない。
というのも侯爵家に派遣した教師たちによるとミナリーは侯爵家の中では女主人のように振る舞っているらしい。
お父様が半月経った頃、侯爵に苦言を挺したあとは少し自重しているようだが、根本は変わらない。
そんなところに婚約者である私が行くなんて揉めるに決まっている。
まだ彼女に関して性格が悪いことしか知らないのだから、材料の少ないうちに訪う気にはなれなかった。
そして新たに分かったのはいつの間にか使用人達が総入れ替えしている事だった。
2年前に前々侯爵夫人が手配した使用人は一人も居なくなっていたのだ。
「侯爵はミナリーの言いなりなのかしら?」
「教師によるとそうではないようです、好きにさせてるみたいですが」
「どういう事?」
「ホリシオン様が言っていた崇拝とも少し違うみたいです。面倒だから放っといているというのが正解かと思います」
「なにそれ、如何して追い出さないのかしら?」
私は最大の疑問をぶつけてみた。
だがケトナー卿は首を左右に振る。
「それだけは頑なに口を割りませんでした」
ケトナー卿はサッセルン侯爵との溝を埋めるべく、あの日からセッセと侯爵家に通い、拒絶されても必死に食らいつき最近は少しだけ話せるようになってもいた。
少しだけでも大進歩と言える、彼の粘り強さに私は感服する。
「取り敢えず明日騎士団に訪問するわ、メイナさんにメモの主旨も聞かなければ。どんな危険が迫ってるのかもね」
それにしてもサッセルン侯爵を守るために何人動いているのだろう。
王族までも動かしてしまった彼は、不幸な生い立ちではあるけれど、実は大物なのではないかと私は段々と思い始めていた。
“ヒトタラシ”って存在するだけでも可能なのかしら?
私の疑問は尽きない。




