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【ホラー 怪異以外】

永遠に大人になれないあなたへ。

作者: 小雨川蛙
掲載日:2025/04/19

 

「お祖母ちゃん……なんか、知らない子がお祖母ちゃんに会いたいって……」


 どこか躊躇いながら孫娘が一人の少年を連れてくる。

 歳の頃はまだ十歳にも満たないかもしれない。

 彼は私に笑いかける。


「やぁ、久しぶり」

「美香。お祖母ちゃんはこの子と話すからもう遊びに行っていいよ」


 私の言葉に孫娘はほっとした様子で駆けだす。

 その後ろ姿をじっと見つめていた。

 思わず嫌悪感さえ覚えるような視線で。


「何の用?」

「君が死ぬ前に会っておきたくてさ」

「まだ死ぬつもりはないよ」


 私の言葉に彼は意図の読めない笑みを返す。

 その姿を見て私は微かな憐憫を抱く。

 もう七十年来の関係となるのに彼は未だに小学生の姿のままだ。

 私はもうすっかり皺だらけのお婆さんなのに。


 初めて出会った日のことを思い出す。

 私は高校生で彼は同級生の男の子だった。

 クラスメイトと比べて達観しているような様子を持つ彼に私は惹かれ、そして一時の恋仲となった。

 もう六十年以上も前のことだ。


「君の孫。昔、見せてもらったアルバムに載っていた君にそっくりだ」


 私の知る限り彼はこの世で最も醜く哀れな人間。

 それを今、まざまざと思い出させられたような気分だった。


「安心してよ。あの子は別に狙わない。だって、一緒にいたら君の影がちらつきそうだもん」

「それなら安心。あの子はアンタみたいな愚か者には勿体ないよ」


 私は言葉を切り彼を見つめる。

 姿形は確かに小学生。

 しかし、その表情や仕草には不気味な程に大人びたものが混じっている。


 いや、違う。

 彼は紛れもなく大人なのだ。

 それも八十の坂を越えている私よりずっと年上の。


「今度は小学生になったの?」

「うん。今はこれで試してみる」

「アンタのことだ。どうせ、もう何人か手を出しているんでしょ?」

「最近の子は大人びているから僕が手を出さなくても案外しているよ」


 その言葉を聞いて私は先ほど駆けて行った孫娘を想う。

 まだ小学校四年生になったばかりだが、あの子ももしかして性行為をしているのだろうか?

 そんなことを考えていると彼は笑った。


「安心してよ。しているのは極一部だ。少なくともあの子はしていないと思う」


 その言葉に私は一瞬ほっとする。

 しかし、その安堵が実に自分勝手なものだと思わずにいられなかった。

 仮にあの子が自分で進んで性行為をしていたとしても、それは彼女の欲求の結果なのだから誰かがとやかく言う筋合いはないだろう。


「子供は純粋だ。遊びにしろ、虐めにしろ、セックスにしろ……何でも思うがままに行動する」


 語る彼の姿が痛々しくて見ていられなかった。


「そうね。子供は愚か。だから何も考えずに行動する。そして年を経て危険を学び成長する」


 私は一度、言葉を切って彼を見つめた。

 彼は何も言わずに先を促した。

 故に私は告げた。


「そして、成長すれば大人になる。大人になってしまえば二度と子供に戻れない」


 そう。

 目の前の彼は姿形は幼い子供だが実際の齢はもう百を超えている。


 昔、彼と恋人だった時。

 とても深い仲になったと思い、彼の秘密を聞いたことがある。


『僕は子供になる事が出来るんだ。本当の年齢はもっとずっと歳をとっている』


 私が彼に大人びた印象を受けたのはなんてことはない。

 彼がそもそも大人だったから当然のことだったのだ。


『僕は本当の学生時代。虐められていてとても暗い青春時代を送ったんだ』


 そう言って、彼は自分のやりたかったことを語っていた。

 他の人への迷惑など一切気にもしない友達とのバカ騒ぎ。

 性への欲求に身を任せたままの性行為。

 気の置けない同年代の仲間と共に時間を忘れて延々に遊び続ける……。


 いずれもが子供の時にしか出来ないことばかり。

 いや、より正確には幼い時にしか出来ないことばかりだ。


 彼は自分の体験できなかった青春を取り戻そうと何度も子供に戻っているのだ。

 何度も。

 何度も、何度も。

 自分が満足できるまで。


 一度、大人になっているために、二度と子供になれないと薄々と感じながら。


「君には分からないだろうな。何度も青春時代が送れるこの楽しさが」


 彼の言葉に私は無言で首を振る。

 それが彼の強がりだと私はよく知っていた。

 そして彼が辞め時を見失っていることも。


「もう多分会えないと思う」


 平行線になるだろう会話を打ち切るために私が言うと彼は虚を突かれたような表情になった。


 だが、しかし。


「そうだな。それじゃ、お暇するよ」


 彼はそう吐き捨てて部屋から出て行った。

 きっと、本当に子供であったならここで自分の考えが正しいものだと主張し続けただろう。


 けれど、彼にはそれが出来なかった。

 何故なら彼はもう無駄なことには付き合わない判断が出来る大人だから。


 一人残された私はふと考える。

 自分の寿命はあとどれくらいだろうか、と。

 十年か、それとも二十年か。

 いや、ひょっとすると三年も持たないかもしれない。


 彼の寿命のことも考えようとして、それが無駄だと理解しているために無理矢理に絶ち切った。

 無意味なことはしない。

 私はもう随分と前に大人になっているのだから。


 永遠に大人になれなかった彼に。

 私は聞こえないと知りながらも呟いていた。


「無様ね」

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