デイリーミッション2日目 散歩
朝、目が覚めると視界が緑一色に染まっていた。
緑さんの長い髪が覆いかぶさっていた。
森のような匂いがする。彼女の髪は一生カビなさそうだ。
私は彼女を抱き枕のように抱きしめて寝ていた。
枕にされていた当人は、気にもとめないように、私に抱き着いて眠っていた。
私との身長差は3センチくらいなのでさほど変わらない。角を含めたらだいぶ変わるが。
緑さん抱き着かれたまま、意識を覚醒させていく。
昨日はあの後、読書をしてふたりで昼ごはんを食べ、読書をした後一緒に入浴し、ふたりで晩ごはんを食べ、一緒の布団で眠った。
パーティーゲームでも買うべきだろうか……。
スマホで時間を確認した後、KDMを開くとタスクが更新されていた。
それにしてもアラームなしで目覚めるのは最高だ。2日目にして失いたくないこの生活。
今日のミッションタスクは
1:散歩:20分歩く:1,760DPay
2:筋トレ:スクワット100回:3,300DPay
3:HIIT:ノルウェー式種目問わず:550,000DPay
うわぁ、HIITやばぁ。
昨日の5万だったら手を出してしまいそうだけれど、55万はないわぁ。
これを見て裏を感じ取れない人がいたら、もう死んでいるんじゃないの~。
昨日の緑さんの助言通りに本日も散歩を選択した。
すると頭を撫でられた。
「えらいえらい」
「緑さん、私のこと子供だと思っていませんか?」
「大人だと言いたいなら、最低5万年は生きたまへ」
2日間で数字の5よく見聞きするな。
「屋久杉やくお」
「翠ちゃん、屋久杉くんは7千歳くらい。5万年越えている可能性があるのはパンドだよ」
顔を洗うと鎖骨にキスマークが出来ているのに気が付いた。後でジャガイモ爆食いしよう。
朝食は適当にトーストとスクランブルエッグと濃いめの麦茶。
ふたりでローテーブルを挟んで正座で座る。
これから始まるのは囲碁将棋ではなく朝食である。
「おお、パンが紅くない」
緑さんは変な所で喜ぶ。緑さん観察日記でも作ろうかな。デイリーミッション以外の予定はないし。
「紅いパンって何ですか。発酵や焼き上がりが3倍速かったりするんですか?」
「実家のパンが今は全部紅いんだ。100年前は普通だった気がするのに」
「なるほど? じゃあ味噌が青かったり?」
「いいや、味噌は白」
「普通ですね」
「ああ」
パン屑が残った皿の上でKDMのアプリを見せた。
「緑さん、何か報酬の額が上がっているんですけれど」
「ん、ああ。タスクをクリアするたびに次の日の報酬が1.1倍されていくんだ」
「え、1週間で約2倍ですか?」
「そうだな」
「一か月後とか、歩くだけで1万7千くらい貰えちゃいますけれど、大丈夫なんですかこれ」
「……。ちょっと、白に聞いてみる」
人間が携帯電話を耳に当てるように、角に手を当てるのが何か面白い。
「場合によっては倍率上限や、獲得DPayに消費期限をつけるかもだって」
なるほど藪蛇つついたかなこれ。ただ消費期限がつけばユーザーの無駄遣いが増えるから企業的には良いのかな?
さっさとデイリーミッションを終わらせよう。
昨日と同じコンビニに行って帰ってくればだいたい20分だろう。
「翠ちゃんは服は買わないのか?」
目の前をふよふよと浮いている緑さんがそう言ってきた。
昨日の指摘通りにちゃんと安物のしめじ型イヤンホホを着けている。
「何でですか?」
いまの私は高校生の時の学年カラーが入った紺色のジャージを着ている。
それに大学とバイトはブラウスにデニムとかチノパンで済ましていた。
緑さんは私の部屋を見て服の少なさを気にしているのだろうか。
「そのジャージ、外見はともかく中ヨレヨレだぞ?」
「自称5万年生きた女(笑)が7年しか経っていないジャージを気にするの面白いですね」
「いやさ、私は人間から認識されなくなれるけれど、君はまだ人なんだからさ」
「学校ジャージはそこら辺のジャージとは一線違うんですよ」
「どこから来るんだその自信は」
「緑さんが気になるなら緑さんが選んでくださいよ」
「お、言ったな。こんなのにしても文句言うなよ」
緑さんがそう言うと彼女の着物が、スポーツウェアへと変化した。
それはロボットアニメの全身スーツのような体のラインがはっきりとしたものだった。
もうそれは着ていないものと同義だろう。
「後でおススメのリストください」
「よろしい」
今日もふたりしてコンビニの前でコーヒーを飲んだ。
部屋に帰った後、タスク完了させDPayを受け取る。
30分もかかっていない事なのに、1日が終わった気がした。始まるのではなく。