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デイリーミッション1日目 散歩

 インターフォンが私の意識の覚醒を促した。

 枕元のスマホで時刻を確認すると朝8:00。

 起きるのには少し遅い朝だ。

 今日の来客の予定はなし。

 そして今日から無職でもある。

 正社員から無職へのジョブチェンジではなく、フリーアルバイターからの無職である。

 就活をサボって楽をした結果とか、コミュニケーションを怠った結果というか。

 4年間勤めたアルバイト先の正社員登用の枠を後から入って来た人にかっさらわれたのである。

 仲が良かったパートさんとかは店長の愛人とか言っていたけれど、たかが一店長が愛人を持てるのだろうか。

 落ち着いたらハロワにでも行こうかなと考えていたけれど、就活のスーツって大学の入学式の時に着たスーツでいいのだろうか。

 埃被っているけれど、ウニクロとかの諭吉スーツは何か違う気がするけど……。

 スマホでウニクロのスーツについて調べてみると、問題はなくリーズナブルで質の良いスーツが手に入るとネットには肯定的な意見が多かった。

 私のスマホに映し出された意見が肯定的だった可能性もあるが。

 ここまでの経過時間5分。

 再度インターホンが鳴った、連続で、ピンポンピンポーンと。

 もう5分待ったら3連続でなるかもしれない。

 ドアフォンを確認すると緑色の女性が映っていた。


 緑色と言ってもテレビや映画で見かけるような全身タイツに顔面塗料塗ったくれ星人ではない。

 緑色の髪に緑色の着物、緑色の羽織とアニメやゲームに登場するキャラクターのような人だ。

 私の地毛も昔っから翠っぽさはあるが彼女ほど明るくはない。

 顔や肌は色白で瞳は緑色に輝いている。エメラルドというよりはツァボライトガーネットとかグリーンジルコンと表現した方が適切だろう。

 それに角が生えている。装飾品かもしれないが頭の脇に木のような角が生えていた。

 厄介ごとの予感がした。

 コスプレイヤーが訪れる家を間違えた可能性もあるが、現代では会場の外でコスプレをするのは少数派だろう。

 もし仮にスーツのおっさんがインターフォンの小型カメラの前に首から下げた社員証を提示していたら居留守を使っていただろう。

 恐る恐るドアを開けると眼前に美女が飛び込んで来た。

 緑色の髪と着物が気にならないほど。

 肉眼と比べるとドアフォンの画質はカスや。

「突然の訪問申し訳ない。私は緑というものだ。白からのメールは確認済みだろうか?」

「葵翠です。メールですか?」

 そう言われて手に持っているスマートフォンでメールアプリを開く。

 宛先を白と入れて検索をかけると1件のメールが出てきた。

 しかも届日は昨日の夜。

 件名欄には、おめでとうございます、と書かれていて詐欺メールと思い未読スルーした奴だ。

 中身を要約するとデイリーミッションプログラムへの参加券が当選したらしい。


 立ち話も何なので緑さんには部屋にあがってもらった。

 フローリングの上に置いたクッションに座って貰ったら絵になる事。

 流石美女。

 ただこの人には畳の方が似合うのではないかな、服装的に。

 畳買おうかな畳、1枚だけ。来客用の畳、たっか諭吉3人。

「フローリングに敷く畳ならホームセンターがおすすめだ」

 考えている事が読まれているのおだろうか。

 近くのホームセンターの通販サイトの検索タブにたたみと入れてみるとそれっぽいものが出てきた。

 お値段は英夫ひとり。

 後で4枚買っておこう。

 折り畳みのローテーブルに、温かい麦茶を入れた湯呑をふたつ置いて向き合って座る。

「先ずデイリーミッションプログラムって何ですか?」

「きみはスマートフォンゲームはやったことがあるか?」

「ええ、まあ。少し」

 高校生活1週間前にパズルゲームにドハマりしたことはあったが課金はしなかったので少しの部類だろう。

「そのゲームシステムによくあるデイリーミッション、それを現実で再現するということだ」

「なるほど。じゃあそのミッションをクリアするとゲーム内アイテムもとい現実内アイテムが貰えるんですね。たわしとか」

「概ねそんな感じだ。ただ、たわしは貰えないと思うし要らないんじゃないか?」

「そうですか、貰えないんですね。たわし」

「そんなにたわしが欲しいのかえ」

「いえ、特には。まだスポンジたわしは残っていますので」

 まあ、やる事もまだ決まっていないしやってみようかな。

「他にメリットはありますか?」

「衣食住の保証だ、だいたい30万円くらいは支給される」

「やります」

「デメリットは聞いておかないのか?」

「解約できないとか、そんな感じではないですか?」

「まあ、そんな感じだ。最低でも1年間は強制的だ」

 1年間働かなくていい保証。

 最高ですね。

 1年後の事は1年後の私に任せよう。

「あとプログラムの間は、きみと私は朝から晩まで一緒だ。多分それもデメリットに該当するだろう」

 いやいやいや、美女と一緒なのはボーナスでしょ。

「よろしくお願いします」

「……ああ、よろしく」

 ちょっと引かれただろうか緑さんに。先程の感じからして思考読めるみたいだし。

 まあ、流れに任せようと思った所でお腹が鳴った。私の。

「朝はまだだったのか、寝起きのようだしな……、よろしければ私が作ろうか?」

「お願いします」

「ただ」

「ただ?」

「色を受け入れてくれるとありがたい」


 まず左のお椀から、緑色のごはん。うちにあるの白米だったはずなのですが……。高菜などの混ぜ物が入っている訳でもない。

 右のお椀、緑色の豆腐とネギの緑色の味噌汁。ジェノベーゼかな……。

 左上のお皿、緑色の鮭。グリーンミートじゃないよねこれ!? 食べるの躊躇しちゃうんだが。

 右上のお皿、緑色の卵焼き。幼少の頃観てた探偵ドラマのアイキャッチに、卵から緑色の黄身が出てくるものがあったけれど、それで卵焼きを焼くとこんな感じになるのだろうか。

 

 味は自分で作るよりは段違いに美味しかった。

 けれども視覚効果が相まってトントンな気分だ。

 ちゃんと食べても異常は出ないと頭で分かっても、目が、感覚が、精神が受け入れてくれなかった。

「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」

 このまま食事の話をしても気まずくなっていくだけだろう。

「話の続きしてもらえますか?」

「ああ。ARデバイスは持っているか?」

「持っていません」

 一台100万円のデバイス何て、たかが一学生が買えるわけがない。

 よくブランドものの購入を自慢していた同級生がいたが、それを得るために犠牲にしたものはとても大きかったはずだ。

「ふむ、それならスマートフォンを貸してもらえるかな。ARデバイスの方は欲しければデイリーミッションをこなして、いつか入手してくれ」

 スマホのロックを解除して緑さんに手渡すと、彼女はアプリを入れるのを見せながらやってくれた。

 普通に一般人が使えないサイトとか見せちゃっていいのだろうか。

「ああ、かまわない。今のきみではアクセスしても動かないさ」

 どういうことなのだろうか。

 返ってきたスマホの画面を見るとKDMというアプリが入っていた。

 文具屋さんかな。

「どういう意味なんですか?」

 後半は分かるけれども。

「今日から始める、デイリー、ミッション」

 うーん、色々と大丈夫なのだろうか。ちょっとだけ心配になった。

「KLBもあるよ」

「捻らないでDMPじゃダメだったんですか?」

「そっちの方が楽しそうな感じだな、ちょっと待ってくれ、白に聞いてみる」

 待つこと30秒。

「なんかカードゲームと被るからダメだってさ」


 KDMのアプリを押して開くと既視感がバリバリにある画面が出てきた。

 4年前、世界中で爆発的にヒットした位置情報ゲームアプリ。

 当時、大学の教授までもボールをくるっと投げていた。

 それのタスク画面に超似ている。

「きみのKDMだけだよ。他の人たちはみんなARだからね、たぶんきっとUIは違うはずだ」

 そりゃあ、私の以外のユーザーもいますよね……。

 ならば緑さんのような人が他のユーザーにもついているんだろう。

「なんで?」

 なんで? どういうことなのだろうか、考えるのをやめようか。

「ああ。ARデバイスの中にKDMの補助AIがいるんだ。特例はきみだけだよ」

 はは、羨ましいかねARユーザーめ。

「まあ……」と言いかけたところで緑さんは口を噤んだ。

 何か他に大きなデメリットがあるのだろうか。

「ここに3つのタスクがあるじゃろ? 好きなタスクを選ぶんだ。ただ今日から1週間は一番上を選択した方がいい」

 1:散歩:1キロ歩く:1,000DPay

 2:筋トレ:腕立て伏せ100回:3,000DPay

 3:HIIT:エアスクワット:50,000DPay

「DPayは分かるな?」

「ええ」

 世界最大のQRコード決済サービスDragonPayを知らないはずがない。使わなくても生きているだけで目に入ってくる。最近だと調剤薬局でさへ使えるし。

 HIITが何なのかは知らないけれど50,000は流石にみんな50,000を選択するでしょ。

 ただタスク欄の上にスタンプを押すところがある。

「これってクリアするタスクによってスタンプ報酬って変わるんですか?」

「変わらないぞ。ただ連日で達成できないと、スタンプが全て消える仕組みになっているんだ」

 これ説明されていないととてもクソゲーなのでは。

「最悪、デイリーミッションプログラムの資格はく奪もありえる」

 堅実に行こう。堅実にさえいれば路頭に迷う事はない。


「緑さんって私以外には見えていない感じですか?」

 散歩の途中、気になった事を聞いてみた。

 緑さん、さっきから歩くのを止めて浮きながら移動したりしてるし。

「そうだね、きみだけが見えるように範囲を狭めているんだ。だからARデバイスをつけていない、スマホを耳に当てている訳でもないきみは、ひとりごとを呟きながら歩いているヤバい子に見えるよ」

「はやく言ってくださいよ」

「無線のキノコ型イヤホンでもつけておけば、少しだけマシだろう」

「そうします」


 1キロ先のコンビニにたどり着くと選択したタスクが黄緑に染まった。

 DPayを受け取るに変わったタスクをタッチすると、私のDPayアカウントに1,000DPay入金された。

 私はそのDPayを、初めての報酬を使いコンビニのレジでホットコーヒーのレギュラーサイズをふたつ購入した。

 春先は、まだまだ寒い。

 コンビニの外で待っていた緑さんに温かいカップを手渡す。

「今日はありがとうございました。あなたと出会えなかったら大分暗くなっていたと思うので」

 返事が返ってこないので、彼女の顔をみる。

 緑さんは柔らかな笑みを浮かべながら固まっていた。

「人間から物を貰うのは初めてだけれど、こんなにも嬉しいものなんだね」


 これは、みどりとみどりの物語。

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