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塗りつぶされたもの

 暗い暗い洞窟を二人は進む。手にした燭台の上で灯る明かりは弱々しく千歳たちの周囲を照らすが、一歩進む毎にゆらゆらと火が揺れ、千歳はその度に火が消えないかと手に力が入り、肝が冷えた。

 一歩進むたびに、洞窟内の暗闇が押し寄せてくるような錯覚を覚える。自分の足音があまりにも大きく感じられ、その音が周囲に反響して、何かに聞かれているような感覚に襲われた。


 背後に誰かがいるかもしれない――。


 千歳の脳裏に浮かんだ疑念は消えず、何度も振り返りたくなる。でも、振り返ってしまったら何か見えてしまいそうで、恐ろしくてそれすらできなかった。

 少し進むと左右に木の扉が岩壁にはめ込まれていた。どこに行っていいかわからないので、扉に耳を当てて向こう側に誰かいるか確認する。

 物音が一切聞こえないことを確かめ、慎重にノブに手をかけた。その時だった。


「あっ……」


 ノブを握った瞬間、ボロリと音を立ててノブが壊れて扉から外れてしまった。

 ボロボロと黒い錆が灰のように地面に散らばる。

 ダメで元々だと思って千歳はノブを失った扉を軽く押す。するとまるでふやけた和紙のように触れた部分が崩れ落ち、力なくギィッと音を立てゆっくり奥へと開いた。


 中を覗いてみる。期待などしていなかったがやはり部屋の中は真っ暗で、なにがあるか全くわからない。

 燭台を前に突き出しながら、ゆっくりと中に入った。

 そこは埃にまみれた机や本棚が並ぶ部屋のようだ。崩落を防ぐためか、広い部屋だが柱が多く、柱には松明が掛けられていた。部屋の隅には布団が並べられている。何人もの人間がこの地下空間で寝泊まりしていたのだろう。

 千歳はそこまでの考えに至らなかったが、本能的にこの空間に嫌悪感を示した。お日様の当たらない暗くて狭い場所になんでわざわざ人間が住んでいるの? 子どもの純粋な疑問。そして答えがわからないという気持ち悪さで全身に悪寒が走る。

 机に近寄る。海苔のように粘ついた埃の層が重なって親指ぐらいの厚さになっている。


「汚い……。長い間ここに誰も来なかったのかな?」

「もしくは、来れなくなったか」


 セツの言葉を千歳は意味がわからず、首を傾げる。そんな姿を見て、セツは千歳の足元を指さした。

 指の先を目で追い、自分の足元を見る。ただの固い地面。そこに黒いシミのような痕があり、それが点々と扉の方へ続いていた。ここに来るまで千歳は気付かなかったが、きっとシミは通路の方にもあったのだろう。


「怪我をして出ていったのかもしれない。だいぶ昔にね」


 その推察でようやく千歳も理解した。どこまで理解したかはわからないが、この部屋で凄惨な流血沙汰があったのだろう。その血痕がどう見ても致死量の血溜まりだった痕であったが、幼い千歳は幸いそこまで察しがつかなかったようだ。ただ単純にこの場で危ないことが起こった。その事実だけで千歳が怖がるのに十分だった。


「え、やだ……」


 今までの体験と薄暗い洞窟の中、過去に起こったであろう出来事、数々の恐怖で精神的に敏感になっていた千歳は足元の血痕から離れるように後ずさった。


「危ない!」


 後ずさった千歳にセツは注意したが遅かった。後退した千歳は背後にあった本棚へしたたか背中と後頭部をぶつけた。

 ゴツンと鈍い音が暗い室内に響き、千歳は(うめ)いた。


「いつつ……」


 頭を手でおさえていると、本棚から一冊の本が落ちてきて千歳の手の甲にぶつかり地面に落ちた。

 古びた本だった。厚みはあまりなく、紐で綴じられた本は経年劣化で脆くなっていて地面に落ちた衝撃で綴紐(つづりひも)から千切れ、辺りにページが散らばってしまった。

 自然に落ちたページに視線が向く。千歳は散らばったページの1枚をなんとなく拾い上げた。


「なにこれ、難しくて読めないや」


 ボロボロのページは筆で書かれた文章でびっしりだったが、癖の強い草書体のような文字は千歳でなくとも読むのが困難な程だった。当然、読めるわけもない。千歳はすぐに興味をなくして手にしたページを放ると、他の落ちているページに目をやる。

 そして一枚のページが目に留まった。


「なに、これ……?」


 顔をしかめながらそれを拾い上げる。

 手にしたページは挿絵のページだった。挿絵も古ぼけて掠れている部分が多かったが古い日本絵画のような個性的な絵で、全身真っ黒な人の姿をした何かが大勢で数人の人間を追いかけている絵だった。影は人間の倍くらい大きく、それを見て逃げる人間は目を見開き、歯をむき出しにして恐怖しているように見えた。

 千歳はすぎに気づいた。真っ黒に描かれた人はあの悪霊たちだと。大昔からあの悪霊たちは存在していたのだと。

 ページを持つ手が震える。恐る恐るページの裏を見ると、そこにはまた挿絵があった。鳥居と神社が描かれている。その鳥居には見覚えがあった。さっき見た朽ちた鳥居だ。そして挿絵の鳥居の下にはよくわからない真っ黒で丸い塊のようなものが描かれている。いや、描かれているというよりも、塗りつぶされているようだった。何かを描いていたのに、わざとそれを上から塗りつぶしたかのような……。

 その絵を見て千歳はいいようのない寒気に襲われ、ページを手放してしまった。


「この神社……なんなの?」


 不安になりセツの方を見る。セツは落ちた挿絵に視線を落とし、眉間にシワを寄せていた。


「あの黒い者たちも、この神社に眠る奴によって悪しき者に変えられてしまったんだよ」

「この神社に眠る……じゃ、じゃあここって――」


 千歳が言いかけた所で、セツが止めるように手の平を突き出した。


「声にしたらダメだ。声にすると、きっと怖さに耐えられなくなる」


 セツの真剣な眼差しに、千歳は言葉を飲み込んだ。

 押し黙り、再び挿絵を見下ろす。寒気を感じさせる挿絵とこの場所になにがあるというのか。再びセツの方を見ると、セツは部屋の外へ向かって歩き、千歳に手招きしていた。


「地下の奥から風が吹いてる。きっと出口がある筈だ。行こう」


 千歳は小さく頷いて、セツの元へ駆けた。

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