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山を彷徨う悪霊

 暗い森の中、鳥や虫の気配すらない獣道を二人は進んでいく。

 山の中でしかも霧に囲まれている状況、大人の登山でも危険極まる状況で、実際二人は遭難しているといってもいい。

 だが、セツは千歳に指で行き先を示した。


「向こうに、神社がある。そこへ……」

「わかった! 任せて!」


 千歳はセツをおぶっていた。

 足の怪我は浅いように見えたが、セツにとってはかなり痛いようだ。

 表情を険しくしながら片足を引きずって歩くセツの姿を見て、千歳の中にある〝お姉さん〟が放っておけなかったようだ。

 セツは強がって自分で歩けると言ったものの、千歳は聞かなかった。

 緩やかな斜面とはいえ、整備されていない山道を子供をおぶって進む。

 千歳の背中からセツが腕を伸ばして、あっちへこっちへと指をさす。


「千歳、あっちだよ」

「よくわかるね。わたしにはどこも同じに見えちゃうよ」


 話している内に、セツはまた指で別の方向を指さした。


「あっちだよ」

「あはは……まっすぐ歩いてるつもりなのにすぐズレちゃう」

「千歳のせいじゃないよ。ここに住む悪霊たちが、僕たちの邪魔をしてるんだ」


 セツの言葉に思わず足が止まった。


「悪霊……?」


 千歳は怖がりという程ではないが、遭難している現実的な恐怖で精神が敏感になっていた。

 幽霊という存在に対して存在するか否か、千歳は今まで考えたこともなかった。

 セツは周囲を見渡しながら声をひそめる。


「この山にずっと古くからいる悪霊たちさ。生きてる人を山に誘い込んで迷わせるんだ」

「そんな……どうして?」

「生きてる人に嫉妬してるから。悪霊たちは生き返りたくて、生きた人の体を乗っ取ろうとしてるんだ」

「えっ……!?」


 悪霊の恐ろしさに驚き、千歳は周囲を見渡した。

 そんな存在がこの山の中に、霧の中に、木々の陰に潜んでいる。

 嫌な想像が千歳の脳裏に浮かび、唾を飲む。


「怖い?」

「そそそ、そんなことないよ!」

「怖がらないでね。怖がると、それが連中の(かて)になるから」

「かて?」

「ご飯だよ。千歳が怖がると、悪霊たちが嗅ぎつけて襲いに来る。だから、怖がらずに行こう」

「怖がるなっていっても……」


 そんな怖いことを聞いて怖がらずにいろというのは難しい。

 その時、困惑する千歳の前から草を払いのける音がした。


 ――がさり。

 

 ――がさり。


「え、なに……あれ」

「千歳、僕を下ろして走るんだ」


 現れたのは形容しがたい黒い物体だった。いや、物体と呼べるかすら怪しいソレは黒い霧状の人型だ。黒い霧状の何かが集まって無理矢理人の形を作っているソレは人の目に当たる部分だけ赤く輝かせ千歳たちを睨んでいるように見える。

 セツの話していた悪霊の姿がそこにあった。

 悪霊はすごく緩慢(かんまん)な動きでじりじりと千歳たちに近づいてくる。一歩進む度にその輪郭が崩れ、指や足が霧散するが直ぐにまた人の形を(かたど)る。

 人としてのバランスが崩れる度にビクビクと全身を震わせ〝人になろうとする〟様子に千歳は青ざめ、背中にぞくりと冷たいものが走った。


「走れ!」

「わああああああ!」


 千歳は叫びながら走り出した。

 セツを背負ったまま。


「おい! 僕を背負ったままじゃ追いつかれてしまうよ!」

「そんなこと言ったって……置いてけないよ!」

「っ……」


 必死に走る千歳。今更セツを下ろすという選択肢は無かった。

 今日から千歳はお姉さんなのだ。今日という特別な日に、自分より小さな男の子を置いて一人で逃げるなどできようものか。

 千歳の走る背後でメキメキと枝の折れる音がする。相変わらず緩慢な動きだが、明確に千歳を追っている。

 千歳が走り、セツが背中から行き先を指示する。


「神社はあっちだよ」

「え!? あっち!? 本当によく分かるね」

「言ったでしょ。ここは庭だって」


 そうは言うものの、千歳からするとどこを見てもただの木々が生い茂るばかり。目印になりそうなものなどどこにもない。

 セツには森がどう見えているのか、問おうと思った矢先に目の前に黒霧が現れた。


「千歳止まるんだ!」

「ええ!?」


 セツの声で慌てて立ち止まる。転びそうになったがなんとか持ちこたえた。

 千歳の前にはまるで蚊柱(かばしら)のように黒い霧が集まり、それがやがて人型を作っていく。

 先程の悪霊だ。だが背後からも枝を折り草葉を薙ぎ払いながら迫る音が聞こえる。

 セツは言っていた。悪霊たちが邪魔をしているんだと。

 前と後ろで悪霊に挟まれた千歳。足がすくみそうになっていると、この道なき森の中に迷い込む前の視線を思い出した。

 数多の刺さるような視線。あれが全て悪霊のものだったとするならば……。

 千歳が思い出した矢先、感じ取る。

 背の高い草の合間から、木の上から、木々の作る影の中から、次々と悪霊の気配が現れる。


「あっ……あっ……」


 足が震える千歳。千歳が怖がるのをいち早く察したセツは耳元に口を寄せる。


「しっかりするんだ千歳……! 回り道するしかない! あっちだ!」

「う、うん……!」


 セツの声にハッと正気を取り戻し、千歳は悪霊を避けて走り出す。

 千歳の気配を感じ取り、悪霊たちは千歳を追ってゆっくりとだが確実に追い詰めていく。

 その数は数十、数百と増えていた――。

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