二十年後、観魂神社にて
二十年後――。
気候の変化で秋らしい秋が来ず、急に寒くなり紅葉がちらほら見えながらも枯れ落ち始めている11月15日の朝。
観魂神社のある山の麓に赤いミライースが1台停まった。
運転席から降りたのは落ち着いたベージュのコートを羽織った千歳だった。
大人になった千歳は冷たい風に揺れる髪をかきあげ、神社のある山を見上げた。霞がかった山頂を見て目を細めると、車の助手席の扉を開けた。
「京花、足元気をつけるのよ」
「はぁい、ママ」
赤い鞠の着物、千歳のお下がりを身にまとい助手席から降りてきたのは千歳の一人娘、京花。黒く長い髪を束ね、ツヤのあるキレイな黒い羽根があしらわれたかんざしをつけた小さな少女はどこかぼんやりとした様子で母の千歳の顔を見上げた。
「ここがママの言ってた神社ぁ?」
「ええ、長い間来れなかったけど、今年は京花が7歳になったからね。来たかったのよ」
「でもここ……」
京花は神社へ続く石段を見た。隙間から雑草が伸びた石段、少しくすんだ色の七五三の幟が弱い風に当てられてわずかにはためいている。
あの時から二十年である。田舎の神社にそれほど潤沢な資金があるわけはない。二十年前からあまり手入れもされていないのだろう。千歳が記憶している景色と比べ、全てが色褪せて見えた。でも、それでもここに来た。
「さ、行こうか」
「……うん」
千歳が京花の手を取ると、京花は千歳の顔を見上げて笑顔を作った。
あの頃と比べ苔の増えた石段を登る。
あの頃と比べ冷たい風が吹き抜ける。
あの頃と比べ高い目線が時の流れを感じさせる。
石段を登る最中に、あの場所に立った。あの日、あの時、自分が拐われた場所。なんでもない石段を左右を木々が挟むように並ぶ場所。
京花にとってはなんでもない、石段の途中だ。
立ち止まった千歳を不思議そうに見上げる。
「ママ?」
「あ、ごめんね。行こう」
「? ……うん」
いつか見た景色を思い浮かべていた。だがもうあの時とは違うのだ。大人になった自分と、自分を見上げる娘を見て小さく息を吐くと胸をなでおろした。
二人手を繋いで石造りの鳥居をくぐった。観魂神社についた。
静かで、冷たい空気が漂っている。
七五三なのに境内には誰もいなかった。
どこか寂しさを感じる境内の様子に少し戸惑ったが、田舎の神社だしこんなもんだろうと千歳は京花の手を引いて拝殿へ向かった。
途中通り過ぎた手水舎は柄杓が無く、水も枯れていた。
紅白の鈴緒と賽銭箱の前に立つ。
「千歳、お参りの仕方わかる?」
「わかんな~い」
「こうやるのよ」
千歳は二礼二拍手一礼の仕方を教え、一緒にお参りを済ませた。
我が子の健康をお祈りし、そして、あの子に挨拶をする。あの時から会えなかったあの子に、ここに来ればもう一度会える。そんな気がして。
だが、手を合わせながらあの子を呼んでも、声が聞こえることはなかった。千歳を呼ぶ声はどこからもしなかった。
(ああいう存在は子供の頃にしか見えないと聞くし、大人になってしまった私じゃもう声も聞こえなければ姿も見えないか……)
寂しさを感じ、小さくため息をつく。
お参りしてすぐ帰るのもなにか後ろ髪を引かれる思いがして、京花に問いかけた。
「なにか変わった子見なかった?」
「変わった……? わかんない」
「そっか」
残念そうに肩を落とす千歳を見て、京花は千歳の袖を少し引っ張った。
千歳はしゃがんで京花と目線を合わすと、京花は千歳の頭を撫でた。
「ママなんか悲しそう」
眉をハの字にして心配した様子の京花を見て、千歳は笑顔を作った。
「大丈夫よ。ありがとうね、京花」
「ほんとぉ?」
「ええ、本当に大丈夫」
京花の頭を撫でかえし、立ち上がると視界の端にベンチが見えた。
緩やかな石段とはいえそこそこ長い道のりだ。下山するのもそれなりに体力がいる。少し休憩してから下山しようとベンチで休むことにした。
ベンチの横にある自販機でお茶を買い、ベンチに座ると京花に手渡した。
「ありがとうママ」
「少しゆっくりしたら、ご飯食べに行こうか」
「うん! あたしドリア食べたーい!」
「ふふっ、わかったわ」
手にしたあたたかいお茶。飲まずに容器の熱で手をあたためた。
両手でペットボトルを握り、ぼうっと薄く曇った空を見上げる。
くすんだ空を見ると胸に引っかかる寂しさが増した気がした。
会いたいな……そう思った時、隣に座る京花がまた袖を引っ張った。
「ママ……」
少しうわずった京花の声は不安と恐れで震えているようで、千歳は京花の顔を見た。
京花はジッとなにかを見つめたまま固まっている。
場所が場所だけに、千歳は二十年前自分に降り掛かったあの神隠しを思い出し、息を飲んだ。
ゆっくりと、京花の目線を辿った。京花の視線の先、それを見て、千歳は目を見開いた。
「う……そ……」
神社の拝殿の瓦屋根の上。
そこに、立っていた。あの子が。
濃紺の狩衣。揺れる結袈裟。黒い翼……セツだ。
セツの姿を見て懐かしさと嬉しさが込み上げ、胸が苦しくなった。
だがセツの表情はどこか暗い。悲しげに座らせた目をこちらに向け、何かを言っている。口が動いているが聞き取れない。
目を細めてジッと観察し、唇の動きを読んだ。
に げ て
千歳はセツの何度も繰り返されるその動きを見て背筋に冷たいものが走った。
「ね、ねぇママ……」
すぐ隣の京花が弱々しい声で千歳を呼ぶ。
弾かれたように京花を見ると手にしたペットボトルを見つめている。
京花の手にしたペットボトル。千歳が自販機から買ったお茶はなぜか埃まみれになっており、賞味期限が十年前で切れていた。
「ヒッ……!!」
それを見た瞬間、千歳は半分パニックになりながら京花の手からペットボトルを叩き落とした。
べこんという鈍い音を立てて地面に落ちたペットボトルは経年劣化で脆くなっていたのか、割れて中から泥のような液を飛び散らせた。
千歳はそれを見るなり京花の手を掴む。
「帰るわよ!」
「ま、待ってママ!」
走り出そうとした時、ジャリッという砂を擦るような音が聞こえた。
千歳は思わず足を止め、音のした方を見た。
神社の社務所の方から、白装束の男が一人、足を擦りながらゆっくりと近づいてきていた。
顔面蒼白の男が、口から黒いヘドロのようなものを滴らせながら、ゴボゴボと何か言っている。
「すう……もと……せめし……こきて……」
どこかで聴いた不気味で意味のわからない言葉を垂れ流す男。
千歳は聞き覚えがあった。
思い出してしまった。
それはあの時、あの地下の空間で見てしまった恐ろしい存在が呟いていた……。
「キャアアアアアアアアア!!」
それが千歳の耳に入ってきた瞬間、千歳は絶叫し、京花を抱きかかえ走りだした。
走り去る千歳の背中に、男は手を伸ばしながら呪いの言葉を吐き続けた。
千歳は一心不乱にただ走り、神社から抜け出し、停めていたミライースに乗り込むと急ぎ発進させ、逃げ切ることができた。
もう二度と、あの山に踏み入ることはないだろう。
千歳はカドワシさまが白装束の男を通じて歌っているのだと確信していた。
まだ千歳の耳にあの呪詛がこびりついて離れない。
家に辿り着き、急いで中へ入り扉に鍵をしめると京花をぎゅっと抱きしめた。その時だった。
ぬちゃり――。
千歳の手にべっとりと、タールのように黒い泥がついていた。
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