公爵令嬢の嘆き
『男爵令嬢の叫び』の続編的立ち位置のものなので、そちらを読んでいただかないと分かりづらいかもしれませんッ…!申し訳ありませんッ……!!
『見て…。あれが男爵令嬢如きに言い伏せられた公爵令嬢よ…!私だったら恥ずかしくて外なんか歩けないわぁ…』
『あらぁ?負け犬公爵令嬢のボニートじゃないのッ。こんなところでどうしたの?』
私は公爵令嬢。
自国の王子と婚約し、将来は王を支え、国母となるのが私の役目。
弱みは見せるな、常に完璧であれ。
幼き頃よりそう教えられ、優秀な妻、国母となる為に勉学に励み礼儀作法を覚え、政治を学んだ。
全て順調だった。
あの卒業パーティの時までは。
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「私、――いや、俺はそこにいる愚弟と三人でいっしょに遊んでいた小さい頃から貴女に惚れていた。愚弟の婚約者だったから気持ちに蓋をしていたが……。こんな王家など嫌われても仕方がない。――だが、貴女さえ良ければ、この俺と、これから共に歩んで行ってはくれないか。」
「――私でよければ喜んで。」
「ですが先程私のことを婚約破棄と言い、裏切ったではないですかッ!」
「――貴女がッッッ!!貴女が先に裏切ったんでしょうがッッッッ!!!」
「アシヌスが好きに結婚して、勝手に生きていいっていうのなら、私に結婚させなさいよッッッ!私の好きにさせなさいよッッッッ!!!」
「改めてここに宣言します!私の人生の伴侶はッ…!
――コナトュス以外、ありえないとッッ…!!」
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そうだ。私はあの男爵令嬢に、コナトュスに、負けたのだ。
もっとしっかり反論しようと思えばできたのかもしれない。
コナトュス男爵令嬢が愛を通しただけならば、アウルムだって愛を通してくれただけ。
そこは同じ理屈だと思う。
だけど、あの場は、あの会場は、コナトュス男爵令嬢の勢いに押されてしまったのだ。
コナトュス男爵令嬢に傾いてしまったのだ。
私は嘆く。
嗚呼、どうして、どうしてああなってしまったのか、
どうして私はアシヌスにもっと向き合わなかったのか。
私は悔やむ。
なぜもっと強くあれなかったのか。
どうしてアウルムを守ることができなかったのか。
今更後悔したところでもう遅い。
分かっている。
あの一件から私は、私達は、凋落の一途を辿っていったのだ。
卒業パーティを台無しにした張本人だと後ろ指を指される。
男爵令嬢に言い負かされた女だと陰口を叩かれる。
ある時は遠くから。
ある時は目の前で。
私は無意識に人を見下していたのだ。
だからアシヌスの想いに気づかなかった。
だから今、見下していた相手に見下されている。
私は懊悩する。
なぜ未だ王太子妃の座は降ろされていないのか。
人を裏切り、傷つけた私のどこが王妃にふさわしいか…!
守るべき人達を傷つける国母がどこにいるッ…!
何故ッ…!何故未だに王太子妃なのかッ…!!
出来ることなら早く解放してほしい。
そうだ、自分から願い出よう…。
私に…この国の王太子妃たる資格など、ないのだから。
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「――ですのでお義父様。私はこの国の王太子妃たる資格などありません…。どうか…どうか別の方に…。」
今はまだお義父様と呼べる関係である、我が国の王に跪き、私は嘆願する。
「ふむ…。そなたには幼い頃から苦労をかけた。王妃教育に倅共の遊び相手、稽古相手等、儂ら王族と関わることで他との関係を持てなかったこともあるだろう。」
私はそれは違うと首を振る。
「確かに王妃教育は厳しかったです。他の家の子どもが自由に遊んでいるのを見て、羨ましく思ったこともあります。ですがそれ以上に、我が家への恩恵があったことは紛れもない事実でございます。」
「ふむ…。ではアウルムはどうする?そなたが王太子妃から降りるということは、アウルムとは一緒にいられんぞ?」
お義父さまは思案顔で尋ねる。
「アウルム様は………アウルム様には私なんかよりよっぽど相応しい方がいるかと……思い…ます。」
私は言葉を絞り出す。
つらい気持ちを心の奥に押し込めて。
「……ボニートよ。わが義娘よ。儂は王だ。だが、一人の人間でもある。王としての役目は理解しているが、時には自分の感情を優先するときもある。まぁ、感情を優先したならば責任も生じるがな。」
お義父さまは問う。
「本当に…本当に王太子妃の座を、アウルムの婚約者を、降りるというのだな?」
私は頷く。
「――はい。」
「――だそうだ、我が倅よ。」
その時、私の背後の扉が開く音がした。
驚いて振り返るとそこにいたのはアウルム様だった。
私は言葉に詰まる。
「あ……アウルム……様…。」
アウルム様は伏し目がちに言う。
「ボニート。私が不甲斐ないばかりに君に不安な思いをさせてばかりですまない。」
「いえ、そのようなことは……」
アウルム様が私を見る。
言葉を発する。
「私は……私はッ!君と離れることなど……!君以外と一緒になるなどッ!耐えられんッ!」
「ですが……」
「私のことが嫌いになったのかッ…!こんな不甲斐ない、君一人守れない私をッッ!嫌いになったのかッ……?」
私は扇を開く。
顔を見られないよう。
本心を悟られないよう。
「――えぇ……。そうかも……しれませんわねッ……!」
アウルム様が近寄ってくる。
私は…私はッ…!
「ボニート…。君の……本心が、聞きたいんだ。」
そういって優しい手つきで扇を取るアウルム様。
「――ぃわよ…。」
私は嘆く。
「――分からないわよぉ…!小さい頃から完璧を求められたもの!感情なんて相手を揺さぶるための道具としか教わらなかったわよぉ…!」
流れる涙はそのままに。
「コナトュス男爵令嬢みたいに大きな声で自分の想いを叫べたら、なにか違ったのかもしれないけどッ…!でも私はそんな事出来ないわよ…!だって叫ぶなんてこと教わらなかったもの…!そんなの知らないわよッ…!!」
私は慟哭する。
「アウルム様の事嫌いになんてなれるわけないじゃない…!今でも好きよ…!離れたくないよぉ…!!!」
私の嗚咽が響く。
アウルム様が言葉を紡ぐ。
「ボニート。私も感情を表に出すのは苦手だよ。だからこそ思う。叫ぶということが、気持ちを伝える一番の方法じゃないんだと。例えば――」
そういってアウルム様は私の耳元に口を寄せ、囁く。
「――愛している」
アウルム様は照れくさそうに離れる。
私は耳まで真っ赤になって、彼を見ることも出来ない。
「こういう気持ちの伝え方も…あるんじゃないだろうか。」
下を向いたままアウルム様に問う。
「こんな失態を犯した私で……いいんですの??」
「君がいいんだ。」
「人を見下しているような人間ですよ?」
「私も同罪だ。ここから一緒に変わろう。」
「また間違うかもしれませんよ?」
「そこから学べばいい。」
「本当に……後悔しませんか……?」
「何度人生をやり直そうと、君と一緒にいることに後悔する事など一つもない。」
未だ止む気配のない涙が頬を伝う。
彼を、アウルム様を見る。
私は伝える。
想いを込めて。
大好きな人の言葉を借りて。
「――貴方さえ良ければ……!私と、これから共に歩んでいってくれませんかッ…!」
アウルム様は笑顔で頷く。
「俺でよければ喜んで。」
涙は止まない。
止めどなく流れる。
少しだけ、コナトュス男爵令嬢とアシヌス様が羨ましかった。
あれだけ想い合っている事が。
だけどもう、羨ましいと思うことはない。
私達も負けないくらい、いや、それ以上にお互いを想い合っている事がわかったから。
私は感嘆する。
彼の耳元に口を寄せて。
「――私も、アウルム様を愛しています」
精一杯の気持ちを込めて。
「………………儂の事、忘れてない…?」
とんでもなく恥ずかしい思いをして。
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「あらぁ?負け犬公爵令嬢のボニートじゃないのッ!こんなところでどうしたの?」
扇で表情を隠し私は笑う。
「確かに私は負け犬かもしれませんが、その負け犬にすら勝てない貴女方は一体何になるのかしら…?勝負の土俵にも立てないネズミ……とかになるのかしら…?」
言い返された彼女は、人目がないからなのか、淑女としての余裕も忘れたからなのか、顔を赤くして持っていた扇で私の頬を張ろうと振り上げる。
「うるっさいッッッ!」
振り上げられた腕が振り下ろされるより早く腕を掴み動きを止め、そのまま逆の手で私の扇を彼女の頬に添える。
「王妃は王の最も身近な盾。このくらいの護身術、出来て当然ですのよ?」
それでも彼女の気勢が衰えることはない。
「ふんッ!その程度、私だってやればできるわよッ…!そんなので威張らないで頂戴ッ!」
私は愉悦する。
「貴女……私に仕えない?」
「は、はぁ!?何で私があんたなんかに仕えなきゃいけないのよッ!」
「貴女のようにはっきり意見を言ってくれる方が欲しかったの。王妃に仕えるのは貴女にとっても悪い話じゃないと思うけど…。」
「―――ッッ!考えといてあげるわよッ!精々寝首をかかれないようにすることねッッ!!」
後に、王宮にて女官長と王妃が言い争っている姿は度々見られたが、不思議と仲は悪くなかったという。
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私は墓の前で祈る。
お義父様、レベリオ女官長、アシヌス様、コナトュス様、そしてアウルム様。
皆、先に逝ってしまった。
私は嘆く。
「私だけ置いていくなんて皆さんひどいじゃあないですか…。私だけこんなヨボヨボのおばあさんになってしまって……。」
私は嘆じる。
「でも不思議と悲しくは無いですよ。
孫の顔も見れましたし。貴方達が……アウルム様がいないことはとても寂しいですけど……。
ここに来れるのもこれが最後だと思いますが、まぁ…もう思い残すことはありませんね。」
私は微笑みを浮かべる。
いつまでも色褪せぬ気持ちを持って。
「――アウルム様。貴方がどこにいても、何をしていても、別の誰かになっていても、
愛しています。
また来世で。」