星空
大和が予約したホテルは俺の実家から車で1時間ほどの沿岸のホテルだった。それなりに有名なホテルで、それを裏付ける眺めの良さ。部屋も十分な広さで、大浴場の他に各部屋にユニットバス、サービスのチョコやコーヒー、2人でも眠れるほどゆったり広いシングルベッド。どこをとっても文句の付けようがないホテルだった。ただ、ひとつの点を除いては。
「お前な、大和。いい加減にしろよ。」
「えぇ?なんのこと。このホテル結構高かったんだから、響ちゃんはここのどこに不満があるのさ。」
俺の神経を逆なでするようないつもの顔で大和がしらばっくれる。
「お前なぁ。はぁ、もういい。お前に聞いても埒があかねぇ。」
こいつ、絶対わざとだ。その証拠に優大が何も言ってこない。
俺は重い足を気合いで動かし、カードキーで部屋に入る。
「あ、おかえりなさい。」
俺の心痛の原因が俺の帰りを迎えてくれる。
俺はこいつとあと2日も一緒の部屋で過ごさないといけない。大和が2部屋しか予約していないと知っていたら優大のお金が無駄になっても家に帰ったのに。一緒にいる時間が増えるほど、俺のことを知られてしまう。ばれてしまうかもしれないのに。
「どうでしたか?」
慶人は特に気にした様子もなく部屋を見て回っている。たいした広さでもないそこを珍しげに歩き回る姿は子どものようだ。
「それより平宮さん。夕飯どうします。各自でって言ってましたけど。」
大和は俺たちの夕飯は予約してくれなかったようで、俺らは自分たちで夕飯を準備しなければならない。
「あぁ、もうこんな時間か、今からじゃ閉まってるだろうし、近くのコンビニで買うか。」
すでに8時半だ。大和達がもたもたしていたせいで実家を出るのが遅くなり、到着が遅れたのだ。
「わかりました。」
カードキーと財布を取って、徒歩2分の距離にあるコンビニまで歩く。
当たりに街灯は少なく、月がきれいに見える。潮風が夏の暑さを消してちょうどいい気温だ。
各自好きな物を買い、またホテルに戻る道を歩く。
「おい、慶人。ちょっと寄り道してもいいか。」
さっきから俺の横で、珍しげに星を見て時折躓きそうになっている慶人に、しびれを切らして声をかける。ちょうどすぐ近くに海岸に沿って作られた防波堤がある。
「いいですよ。」
俺の気遣いに気付いているのか、いないのか。本人はいたってすまし顔で防波堤に座りまた星を眺めている。
ホテルやコンビニの並ぶ道から離れ、さっきよりも星がきれいに見える。
俺は星には興味ないが、慶人は星空を見回している。俺に見られていることに気付いていないのか、無邪気に指を指して星座をつなぎながら何かつぶやいている。
それを横目に見ながらおにぎりを頬張る。いつも自炊で、コンビニの食事を口にするのは初めてだが、もう少し値段が安ければ毎日食べたい。
気付けば慶人もサンドウィッチを頬張っている。
「もう満足か。」
「え、いや、べつに僕はなにも。」
少し揶揄っただけだが、予想以上の慌て様だ。サンドウィッチの具が服にボロボロと落ちていることにも気付いてない。
「はい、はい。俺は見てない。」
そんな俺の反応で更に動揺し照れ隠しのように俺をつかんでくるが、今この状態で拘束されたら最悪海に落ちる。夏とはいえ海に落とされたら風邪を引く。
慶人に捕まる前に慌てて立ち上がりホテルに戻る。
残りのおにぎりも口に入れ。シャワーを済ませて眠りにつく。慶人もしばらくすれば頭が冷えるだろう。