夏
この世界には男女の他に第二の性がある。発情期があり、男女共に妊娠が可能なω(オメガ)。身体能力や知能が優れたエリート階級のα(アルファ)。人口の9割を占めるβ(べーた)。
オメガの発情期は数ヶ月に一度、数日続き、アルファを惑わすフェロモンを体にまとう。発情期中にアルファがオメガの項を噛むと運命の番となり、番以外へのフェロモンの効果は無くなる。さらに、オメガは番以外に対して拒絶反応を示すようになる。番契約は一度しかできず、解約はできないため事故で番になることがないように、オメガの中には項を保護するチョーカーを着けている者もいる。
そんな、生まれながらの運命が定められている。
夏季休暇に入った。まぁ、先週の時点で講義自体は終わっていたのだが、提出書類を数個忘れていたために、今日まで大学に足を運ぶことになった。今日からは自由だ。
今週の土日の二日間だけで慶人は作業を把握して、すでに作業の戦力として活躍している。まだ、早くはないが丁寧に作業しているため、目立ったミスない。
「おはようございます。今日は早いですね。」
タイムカードを押して更衣室に入ると、ちょうど慶人が昼休憩に入るところだった。
「お疲れ様。大学に行ってて。やっと書類の提出が終わって長期休暇に入れた。」
「それはよかったです。それじゃぁお疲れ様です。」
「お疲れ様。」
カフェにいるときはずっと勉強ばかりで口を開くことは少ないが、慶人から話しかけてくれることも多い。他愛ない会話だが、カフェの時のような態度に比べたら嬉しい。
「おはようございます。」
「あぁ、おはよう、平宮。」
俺の教育係だった浦崎さんだ。今日は俺と一緒に機械整備の作業をすることになっている。
「聞いているかもしれないが、来週から盆休みに向けた調整に入る。その間はいつもとは違った動きをするからな。」
「はい。」
「まぁ、去年もやってるから分かると思うが、よろしく頼むぞ。」
「分かりました。」
すっかり忘れていたが確かに再来週から盆休みだ。この会社は盆休みを10日間取っている。その間もお菓子の需要はあるので盆前の時期はその分生産量が増す。機器調整もかなり細かくなる。気を引き締めて作業しないとミスが多くなる時期だ。。
「あ、すいません。」
「はい、わかりました。」
盆休みまで残り10日。生産量は先週に比べてほぼ2倍。そのせいで慶人の謝る声が前より多く聞こえてくる。まぁ、入った時期が悪かった。盆前は年間でも生産量が多く、忙しさが増す時期。入りたての慶人には大変だろう。それでも毎日、皆についていこうと必死に頑張っているのは偉いことだ。
「こっち終わりました。」
「よっし、こっちも点検終了。それじゃ、平宮さん。お先失礼します。お疲れ様。」
業務終わりの点検を終え、記録簿を仕舞い、更衣室に向かう。8時上がりの人で残っているのはもう俺だけだ。
「お疲れ様でーす。」
誰もいないかもなと思いながら更衣室の扉を開ける。
「あ、お疲れ様です。」
「おぉ、お疲れ様。遅くまで残ってたんだな。」
「いえ、僕が遅いのが原因なので、当たり前というか。」
自分の失敗を思い出して落ち込んでいるようだが、新人にしてはできている方だろう。励ますべきだろうが、あまりいい言葉が見つからない。
「そんじゃ、お疲れ様。」
「はい。」
しばらく思案したが、結局何も言わずに更衣室を出る。こういうときに気の利いた言葉が言えるようになりたい。
「そーれで、響ちゃん。ケイ君はその後どうなの?」
「どうって、なんだよ。」
「バイトだよ。順調そうか?」
バイト終わり、急に大和に呼び出されてカフェに来ている。駅に向かう道中にあるからとついでに寄ったが、それから1時間全然解放してくれず困っている。
「なんでお前が気にしてるんだよ。優大。」
まだ大和が慶人のことを聞くなら納得できるが、優大が大和以外に興味を示すのも珍しい。
「お前が全然話さないから。」
「そうだぞ、夏休みに入ってここに来ても全然ケイ君いないし、響ちゃんもバイト三昧で顔見せないしさぁ。」
確かに、今週はずっとバイトばかりだった。毎日慶人と顔を合わせているから、あちらも似たようなモノだろう。それに、2人がここに来る時間が早いのも原因だと思う。
「そういえば、お前達に会うの2週間ぶりか。」
「相変わらずバイト第一だな。」
そんな優大の発言を必死で弁解する。別に第一ではない。今のところバイト以上に熱中できることが見つかっていないだけだ。中学校の頃は必死に勉強していたが、正直、最近は勉強のモチベーションも低い。元々勉強の目的だったあの家からの自立は達成できたから、頑張る意味もない。
「そうだよぉ。それで、休みはいつなの響ちゃん?」
「なんの休みだ。」
「決まってんじゃん。盆休みだよ、確か去年もあったよね。」
わざわざ去年のカレンダーを引っ張り出して見せてくれる。それによると、去年はずっと2人と一緒に旅行に行ったようだ。
「あぁ、来週の水曜から10日間な。でも、その間も何日かは予定入ってるから。」
「予定。何の予定だ?恋人とか、そんな訳ないか。」
「え、そうなの響ちゃん。いつの間に。抜け駆けとか卑怯だぞ。」
「抜け駆けって、もう少し違う言い方ないのか大和。」
勝手に勘違いして大和がわーわーと騒いでいる。一緒にいたら俺に恋人がいないことくらい分かるだろう。
「そうじゃなくて。盆だよ、盆。かあさんの。」
もう今年で12回目の盆だ。かあさんと、ばあちゃん達の盆。
「あぁ、去年もだったな。俺たちも必要か。」
「まぁ、手伝ってくれたら助かるけど、休みの最初1,2日でいこうと思ってて。どうだ?」
この盆の時期、実家に帰って色々とすることがあるのだ。去年はそれを2人にも手伝って貰った。今年もできれば手伝いが欲しいが、無理なら1人でも大丈夫だろう。
「あぁ、その日は俺無理だ。家族で帰省するから、面倒だけど行かないと後で叔母やらがうるさいからなぁ。」
一度電話越しで話したことがあるが、確かに優大の親戚は賑やかというか、口煩そうだった。
「俺も無理、その日は一日中予定あるし。」
「なんだよそれ、俺聞いてないぞ。」
大和の発言に優大が過敏に反応している。
「優大に言う必要ないでしょ。っていうか、言っても分からないよ。」
大和は当てにしてなかったが、優大も無理か。まぁ、1人で頑張ろう。
「他に誰かいねぇのか?響。俺ら以外にもいるだろ。仲いいヤツくらい。」
「・・・」
いるわけないだろう。。大学の奴とはしゃべるが構外でも会う奴はいない。というか、大学出てまで会いたくない。そんな間柄の奴は2人だけで十分だ。
「おまえなぁ、友達が俺らだけとか寂しすぎるだろ。ていうか、大学ではもっといろんな奴と話してるじゃんか。」
「あいつらに頼めるかよ。そもそも連絡先知らねぇし。」
知っていたところで掛けることもないだろうが、確かにこんな時に頼る相手がいると助かる。
「え?響ちゃん、友達いないの?よしよし、僕らがずっと友達になってあげるからね。」
「うわぁ、抱きつくな。暑いだろ。気持ち悪い。」
何だよ、ずっとって。それに寂しくもないだろ。友達なんかいなくても何となってる。
「それじゃぁ、響ちゃん。スマホ貸してよ。」
「はぁ、なんで。」
「いいから。よっと、」
俺の努力も虚しく、机の上に置かれた俺のスマホは大和の手に収まる。
「ふむふむ。あ、」
しばらく何かを探してスクロールをしていた手が止まる。
「ケイ君じゃん。」
「は?慶人がどおしたんだ?」
「ほら。」
大和が調べていたのは俺のMINEだった。確かにバイトで必要だから慶人もMINEの友達登録をしているが。
「それがどうした。」
「ていうか、響ちゃん寂しすぎ。友達、20人って。しかも俺と優大に大学の教授、大学の公式、その他は誰か知らないけど、名前からしてバイト先の人でしょ。」
確かにその通りだが、それで困っていないならいいだろう。
「っと、はい。ありがと。」
しばらく俺のスマホをいじった大和は、俺のスマホを放り投げる。
「っと、おい投げんな。壊れたらどうすんだ。」
壊れていないかとスマホを確認する。特に外傷もない。電源も着く。画面は大和がいじった状態のママだ。
「って、おい大和。お前何勝手なことして、」
『ピコン』
俺の手の中でスマホが震える。
「お、早速返事かな。」
また大和がスマホを奪う。
「おぉ。よかったねぇ、響ちゃん。これで人手を確保できたよ。」
「おまえなぁ。」
なんで、よりによって慶人なんだよ。しかも、『やっほー、ケイ。来週の月、火、付き合ってくれない?』なんて、絶対変な奴だって思われてる。
「大和、あんま人のスマホ勝手に使っちゃ駄目だぞ。」
「優大、おまえ。」
言うのが遅い。っていうか、絶対何してるか分かってて止めなかったんだろ。
「まぁ、響。俺も水曜には帰ってくるし、そしたら4人でどっか楽しいとこでもいこ?」
「はぁ、もういいよ。好きにして。」
やっぱり、この2人と一緒だと疲れる。俺の夏休みを返してくれ。