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すれ違いだらけの俺の運命  作者: 甘衣 一語
恋人
34/40

 この世界には男女の他に第二の性がある。発情期があり、男女共に妊娠が可能なω(オメガ)。身体能力や知能が優れたエリート階級のα(アルファ)。人口の9割を占めるβ(べータ)。

オメガの発情期は数ヶ月に一度、数日続き、アルファを惑わすフェロモンを体にまとう。発情期中にアルファがオメガの項を噛むと運命の番となり、番以外へのフェロモンの効果は無くなる。さらに、オメガは番以外に対して拒絶反応を示すようになる。番契約は一度しかできず、解約はできないため事故で番になることがないように、オメガの中には項を保護するチョーカーを着けている者もいる。

 そんな、生まれながらの運命が定められている。

 慶人が階段から落ちた一件から数週間。翌日、平気と言い張る慶人を無理矢理病院に連れて行った。受け身ができていたようで、異常もなく午後から普通にバイトをしていた。俺の言った言葉が伝わったのか心配だったが、その日以降は勉強を控えて睡眠時間をいつも通りに取るようになった。

 慶人にとっての最優先が咲ちゃんであることに安心した。俺の貯金も合わせれば3月までに入学準備もできそうで、一安心といったところだ。


 仕事が終わり、更衣室に向かうと、入り口で工場長が待ち構えていた。工場長が待ち伏せするのは何か頼み事があるときだ。慶人や古寺さんの教育係を任されたときもそうだった。

「響くん、実はお願いがあって。」

 今日はいつもより歯切れが悪い。忙しなく入り口をウロチョロし、俺を視界に認めると助けを求めるように近づいてくる。

「来週の木曜日、休みにしてたけど昼から来てくれないか。」

「はぁ。」

「実は取引先が見学に来るんだけど、その案内役で響くんを指名されたんだ。」

 困惑する俺に工場長はそう告げる。取引先と言われてもそこら辺の情報は俺には入ってこない。俺に理由を聞かれても、心当たりが全くない。だが、ここで俺が断っても工場長が困るだけだろう。

「それならよかった。あ、それじゃぁ、来週はよろしく。詳細はまた後日。」

 俺の返事を聞き明らかに安堵の表情を見せ、慌ただしく部屋に帰って行く。せめて取引先の名前くらい教えて欲しかったが、忙しそうな工場長を呼び止めることはできなかった。まぁ、聞いたところで俺が知ってる場所でない可能性が高い。当日でも大丈夫だろう。

 俺はそう暢気に構えていた。


 工場長からお願いされた木曜日。昼食を食べると、大和達の誘いを断ってバイト先に急ぐ。

 約束の20分前。息を切らして工場長室の扉を開く。取引先の人たちはまだ見えない。

 打ち合わせをしながら待つ。

 工場長は他にすることがあるようで、工場の案内は俺1人だ。

 会社名は聞いたことがあるような、ないような。微妙な会社だ。

 今日来るのはここの取引を担当している人と、もう一人が社長息子。今後会社を引き継ぐため、取引先に挨拶をして回っているらしい。

 事務員から客人の来訪を伝えられ、玄関まで迎えに行く。


「こんにちは。すいません、お待たせしました。」

 時折工場内で見かける気の弱そうな担当者は、俺たちを見るなり謝罪を口にする。いつも謝っている姿しか見かけない。

「いえ、まだ約束の時間の前ですし大丈夫ですよ。」

 工場長の言葉にもう一度すいません、と口にしている。こちらが心配になるほど弱気な人だ。

「こちらが先日連絡していたように当社の社長の息子です。」

 そう紹介された当人は一歩手前に出て工場長に手を差し伸べている。それまで担当者の陰に隠れるように立っていたその人は、にこやかに笑いながら挨拶をする。

「こんにちは。平宮和貴(かずき)と申します。よろしくお願いします。」

「に、」

 その一言を飲み込む。

 俺のそんな反応を見ても平宮和貴、こと俺の兄は表情を変えない。

 これで俺が指名された理由が腑に落ちた。そういえば、あの会社名は俺の実家の会社だ。ほとんど実家と関わることなく過ごしてきたから、記憶が薄れていた。

「お願いされていたとおり案内役はこちらの平宮響に頼んでいますが、よろしいですか。」

「はい。」

 名刺交換が終わり話題は案内役について、つまり俺のことに移る。工場長の言葉に返事をしたのは兄だった。その表情からは考えが読み取れない。兄が表情を崩すのは俺を苛めているときだけだ。それ以外は無表情で感情も思考も読み取れない。

「それでは、すいませんけど私は他の用事があるので失礼します。」

 それじゃ後は任せた、と工場長は俺を見捨てて部屋に帰ってしまう。

「えっと、それじゃ案内します。」

 俺と兄と気の弱い社員だけが残ったロビーは、いつになく静かだ。

 今すぐ帰りたい衝動をなんとか耐え、案内のために口を開く。新人教育の初日に慶人や古寺さんにしたように、工場内を案内しながら補足説明をする。2人の様子を確認しながら工場内を1周する。

 拍子抜けするほど大人しく説明を聞く何に、底知れない恐怖を感じるのは俺が悪いのだろうか。

「それでは本日はありがとうございます。」

「いえ、こちらこそ急にすいません。それではまた今度。」

 緊張続きの工場な案内を終え、工場長と再度顔を合わせて平身低頭な態度のまま担当者は会社に帰っていく。その後を追って兄も車に乗るのかと思ったが、他に用事があるようで車の後ろ姿を見つめている。

 再び沈黙が広がる。実際は周りに立ついくつもの工場から大きな音が聞こえているのだが、そんなことを気にしている暇がない。

「あれ、平宮さんどうしたんですか。」

 そんな俺の集中を解いたのは慶人だった。

 そういえば、帰りが重なりそうだったら一緒に帰ると約束していた。

「どうでしたか、案内。」

「あ、まぁ。」

 玄関に立ちっぱなしの俺を見て、嬉しそうに近づいてくる。今1番会いたくない、合わせたくない相手が現れてしまった。慶人から目をそらし兄へ視線を送る。その目が獲物を見つけた獣のように笑っている。

「へぇ、響。お前、俺を捨てたくせに新しいアルファを見つけたんだな。」

 ちょうど俺だけが聞こえる声でそう呟く。捨てたと表現できるほど俺が兄を大切にしていた記憶も、大切にされた記憶もない。

「あれ、平宮さん、そちらの人は誰ですか?」

 今やっと気付いたようで、こんにちはなどと暢気に挨拶をしている。

「こんにちは。いつも弟がお世話になっています。」

 弟。その言葉を聞いた途端慶人の表情が一変する。やや怒りを含んだ真顔。こんな表情をを前にも見た気がする。そんな2人のことを俺は他人事のように眺める。

 慶人が来てくれたお陰で俺は逆に冷静になれたようだ。

「僕は平宮さんの友人の向野慶人です。よろしくお願いします。」

 怖い。いや、別に兄が怖いわけではない。

 兄に会ったらもっと何かあるかと思っていたが、驚くほど冷静だ。そうじゃない、怖いのは慶人だ。慶人の怒りを含んだ表情が怖い。その目が、幼い頃の兄の目を連想させる。威嚇するように光る目が兄を見据えている。

 兄はそれでも変わらない。慶人を見定めるように上から下へと視線を動かしている。

「あれ、なんだ恋人じゃなかったんだ。へぇ。」

 その明らかに挑発を目的とした発言に、慶人は引っかかる。

「自分のしたこと振り返ったらどうですか。今更兄貴面しないでもらえますか。」

 アルファの本能には威圧というモノがあるらしい。相手を威圧するような強いオーラのようなモノを発するらしいが、きっと今がそれなのだろう。

 アルファ同士の威圧の中で、正直俺の方が持ちそうにない。

「なんで俺がお前みたいなやつにそんなこと言われないといけないわけ?響とはただの友達なんでしょ。」

 友達、その言葉に反応して慶人の表情が更に冷たくなる。威圧が更に強くなる。これ以上兄と一緒にいたら俺が持たない。

「お前こそ、響のこと散々バカにしたようなこと続けてたくせに、お前よりは俺の方が、響のことを理解して、」

「慶人。」

 いつも優しい慶人が今日は怖い。名前を呼ぶ声が震える。

 兄から話したい一心で腕を掴み走り出す。足が震えているのが分かる。慶人の本能に、アルファらしい一面に触れたのは2度目だ。やっぱり怖いと思う気持ちと、それでも慶人ならという気持ちと、その2つが共存している。

 面食らったように立ち尽す兄が遠ざかっていく。遠くなりながら見た兄の顔は、少し悲しさを含んでいた気がする。


「あの、平宮さん。手を放してもらえませんか。」

 どのくらい走っていただろうか。次第に息が苦しくなって速度が落ちて、立ち止まる。

 手を放すと、思ったより強く握っていたようで少し腕が赤くなっている。慶人は痛がる素振りもない。

 慶人は俺の前を静かに歩いている。声を掛けたいけれど、さっきの慶人の顔が頭から離れない。威圧はもう感じない。

「あの、平宮さん。少しワガママを言ってもいいですか。」

 何を思ったのか急に振り返った慶人に、他のことを考えていた俺はぶつかりそうになる。もういつもの慶人に戻っている。

「ワガママ?」

 思わずそう口をついてしまうほどの予想外の発言だった。

 今までどんなに願っても自分の欲を出さなかった慶人のワガママは、少し聞いてみたかった。俺の返事は決まっていた。

「嫌でなければ僕と、恋人になってくれませんか。」

 意を決して発せられたその言葉が俺の思考を混乱させる。予想外すぎるワガママに動揺する。

 なんで、っていう疑問。そんな訳ない、という否定。それとさっきの顔が頭をちらつく。

 返事ができないまましばらくして、慶人は買い物をするからと歩き出す。

 その後もしばらく突っ立ていて、我に返って慌てて家に帰った。

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